円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 二十日間ほど会わなかっただけで、急に雰囲気が変わることなんてあるのだろうか。

 久しぶりに再会したレイナード様は、いつもの可愛らしい「天使の笑顔」を引っ込めて、妙に大人びた雰囲気で唇を引き結んでいた。
 さらにはこの日に限って国王様と王妃様までいるわ、こっちもわたしの両親と、さらに兄二人までついて来るわ、オールスター勢ぞろい状態で両家が向かい合っていたのだった。

 一体、今から何が行われるんだろうか!?

 わたしだけが事情がわかっておらずキョトンとする中で、突然レイナード様が一歩前へ進み出てわたしの手を取り、なんと跪いたのだ。

「ステーシア・ビルハイム嬢、どうか私の婚約者になってください」

 それはおよそ10歳の子供が言うようなセリフではなくて、それでも美の女神様の寵愛を受けているかのような美しい容姿のレイナード様が言えば、年齢など関係なくとても優美な雰囲気になってしまうところがさすがだった。
 背後に薔薇と天使が舞っているような錯覚さえ見える。

 ええっと?
 これ、わたし、どうしたらいいの?


 何も聞かされていなかったわたしは当然のごとく驚いて固まってしまい、それに見かねた長兄がそっと耳打ちしてくれた。
「謹んでお受けしますって言え」

「え?…つつ?」
「謹んで!」

 んんっ、と小さく咳払いしたにも関わらず、完全に声を上ずらせながらどうにか言った。
「謹んでお受けします、レイナード様」

 レイナード様はホッとした様子で立ち上がるとふわりと笑った。
「これからもよろしくね、シア」

 わたしは不覚にもその顔に見惚れてしまって心臓が破裂しそうになり、帰りの馬車で「どうしよう、せっかくレイの婚約者になったのに心臓がおかしい!わたし死ぬかも!」と大騒ぎしてしまった。

 すると母は優しく微笑みながら教えてくれたのだった。

「ステーシア、死んだりしないわ。それは恋よ」と。


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