円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 ルシードは、材料を用意したのはわたしだという理由で代金はいらないと言ったけれど、なんだかんだいって足掛け3日かかったのだ。たくさんの注文を抱えているのに結局順番抜かししたような形にまでなってしまって「はい、そうですか。ありがとう!」ではこちらの気が済まない。

 本当なら今すぐにでも風のブーツを履いて走ったり飛び跳ねたりしたくてうずうずしているのだけれど、それよりもまずは謝礼が先だ。

 何かしらお礼をしなければ気が済まないというわたしの態度に根負けしたルシードが口を開いた。
「じゃあ、一度うちに遊びに来てもらえませんか。母が会いたがっているんです。僕を…ダンスパートナーに選んでくれたお礼を直接言いたいって…」

「あら、お安い御用よ。ちょうどよかった、ルシのお兄さんを傷めつけたことを謝罪しなければと考えていたの」

 中途半端にしておくと返ってルシードがひどいことをされかねない。
 ルシードの養父母に謝罪するとともに、その点について釘を刺しておきたい。


 グリマン男爵家へ向かう途中に城下町に寄って、マリアンヌのお店でマカロンを包んでもらった。

 馬車の中でルシードは、本当は兄・ディーノともっと仲良くしたいのだとボソっと漏らした。
「僕、小さい頃の記憶が曖昧でルシードっていう名前以外ほとんど覚えてないんですけど、僕には血のつながった兄がいたと思うんです。いつも守ってくれていたっていう記憶だけは何となくあるんです。だから兄弟は仲良くするのが一番だって思っているんですが、僕がこんなだから、ディーノお兄様に嫌われてしまって…」

 継兄にイジメられて、それでも歩み寄りたいと言うルシードはなんて健気なんだろうか。
 力でねじ伏せようとした脳筋な自分が恥ずかしい。
 ここまで胸の内を明かしてくれたルシードのために、どうにか一肌脱げればいいんだけど。

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