円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「それでですね、今後のルシードとお兄様の関係がさらに悪化したらどうしようかと思いまして…」

「そこまで考えてくださっているの?ステーシアさん、あなたは何て優しい方なのかしら。こんな素敵なお嬢様が『婚約者失格』とか『頭がおかしい』とか言われているだなんて、世間の目はどうなっているのかしらね!いまディーノを呼んでまいります」

 夫人が鼻息荒く出て行ったあと、ルシードに小声で聞いてみた。
「ねえ、お母様ってもしかしてマイペースで天然?」
「ははっ」
 ルシードは眉毛を下げて乾いた笑いを漏らしたのだった。


 夫人に引きずられるようにして、嫌々連れてこられましたという雰囲気を存分に醸し出しているディーノは、ふてくされたように唇を尖らせている。

「失礼なことを言って申し訳ありませんでした」
 棒読みでそんなことを言っても反省しているとは思えない。

「本当に申し訳ないと思っているなら、今後わたしくしのダンスパートナーをあなたが務めてくださる?」

「い、いやっ!それだけは勘弁してくださいぃぃっ」
 ディーノが泣きそうな顔で夫人に「お母様っ、俺まだ死にたくないっ!」と訴えている。

「どういう意味よっ!ダンスで死ぬわけないでしょう!ねえ、ルシ?」

「いや…死ぬ…かも?」
 そう言ったルシードにディーノが飛びついて細い体を抱きしめた。

「だよな!そうだよな!ルシード、今まで悪かった!おまえがお母様に可愛がられているから嫉妬していたんだ。学院でも魔導具師として認められて、おまけにダンスにも誘われて、いい思いをしているとばかり思っていたら、おまえよくあのダンスに1曲分耐えたなっ。えらいぞっ!」

 ちょっと、ちょっと!
 何よそれっ!

 わたしにとっては大いに不本意だったけれど、こうしてグリマン家の兄弟の和解が成立したのだった。


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