円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 アピールはほどほどに。

 そう肝に銘じながら進んでいたら、横に並ぶコンドルがわたしの顔をのぞきこんでいた。
「なあ、さっきから誰か気になるヤツでもいんのか?」
 コンドルに言われるまで、厚ぼったく下している前髪が風に煽られてすみれ色の目が露になっていることにも気づかないぐらいに前方の集団を睨んでいたらしい。

 すみれ色の瞳は別段珍しい色ではないし、コンドルはわたしのことをステーシア・ビルハイムだとは全く気付いていないようだから大丈夫だ。
 焦っていることを悟られないようさりげなく前髪を元に戻した。

「隊長を見ていたのよ。今日はレオン隊長じゃないんだなって思って」
 生徒たちを指揮する騎士は、前回の体験訓練とは違っていた。

 ちなみに前回の訓練のときにわたしについてレオンが上官と何を話していたかというと、「あのすばしっこさは貴重だ」というお墨付きをいただいたらしい。
 大型の魔物討伐の際の罠への誘導役、そして諜報員として使えるかも――そう言われたらしい。

 女スパイ!素敵っ!
 そう思ったのはわたしだけで、二人の兄は難色を示した。
 万が一、潜入捜査中に捕まったら何をされるか想像がつくだろう?と。 

 わたしはルシードのことを話して、魔導具師のほうがよほど命がけの作業をしていると訴えたけれど理解は得られないまま、この件に関しては宙ぶらりんになっている。
 
 そんなことを思い出していたら、横からマヌケな声が聞こえて現実に引き戻される。
「おまえまさか…レオン隊長のことが好きなのか?」

「馬鹿ね、違うわよ」
 だってあの人は、私の兄でゴリラです。
 とも言えず、適当にあしらっておいた。

 本当は、隊長のすぐ後ろを行く、長身で紺色の髪の男子生徒のことを見ていたのだ。
 出発前の点呼では「アレックス・ルーカス」と呼ばれていたけれど、そんな人物は実在しないはずだ。

 カインの家名を借りたのね。
 たしかまだナディアの国に行ったままになっていたはずだけど、どうしてそんな変装をしてこの訓練に参加しているの――レイナード様。

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