円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
 素性を偽って参加しているわたしが言えた義理ではないけれど、レイナード様は一体どういうつもりで変装までしてここにいるんだろうか。
 船旅でたくさん日を浴びたのか、ほんのり日焼けしていることもあって、誰も気づかないらしい。
 わたしは集合した時に後ろ姿を見ただけですぐわかった。

 思わず「レイナード様?」と声をかけそうになって、そういえば自分も変装していたのだと気づいて慌てて口をつぐんだのだけれど、その時レイナード様がふと振り返って確かに目が合った気がした。
 
 マズい!と心臓が跳ね上がりそうになったけれど、レイナード様は何も気づかなかったようで、そのまま視線をぐるっと巡らせたあとまた前を向いた。
 
 それからは少し警戒して、なるべく離れるようにして様子をうかがっているわけだ。

 お忍びで騎士団の様子を知りたいのかしら?
 それとも単純にキャンプに参加してみたかっただけ?

 心配しなくても、あなたが将来この国を治める頃には騎士団長がゴリラで、優秀なタンク兼アサシンがいて、強力な火炎放射器を作れる兄弟がいるから、この国の守りは強固よ。どうぞ安心してナディアと結婚してちょうだい。

 
 レイナード様がお忍びで参加しているのなら尚更あまり目立つことはしないようにしなければと、カモちゃんとともに走り回りたい衝動を抑えながらテントを立て始めた。 

 今回の参加者の中で女子はわたしひとりだった。
 前半に参加していた子たちは、憧れの騎士様と乗馬できて満足したのだろう。
 キャンプって虫がいるし柔らかいベッドがないのでしょう?そんなのイヤですわっ!そんなことを言っていたような気がする。

 女子が一人ということは、今夜このテントはわたしの貸し切りってことよね?
 気楽だわぁ。

 とはいえ、テントを一人っきりで立てるのは少々大変で、コンドルに手伝ってもらおうとキョロキョロ探しているときだった。
「手伝うよ」
 声をかけてくれた人物はなんと、レイナード様だった。

 もうっ、何でよりによって?

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