円満な婚約破棄と一流タンクを目指す伯爵令嬢の物語
「ありがとうございます」
 声でバレないようになるべく低い声を出しながら一緒にテントを立てた。

 そのあと、近くの沢に水汲みに行くときもレイナード様はわたしのそばを離れず「持とうか?」と思わず見とれてしまいそうになる笑顔で手伝ってくれようとするものだから、「それでは訓練になりませんので」と冷たくあしらうのに苦慮した。

 休憩時間になってもレイナード様がわたしにぴったりくっついてあれこれ話しかけてくるものだから、困ってしまった。
 レオンが隊長だったら、王太子殿下がお忍びで参加している目的は何なのかと確認できたのに…。

「きみは騎士になりたいの?」

「なりたいとか、なりたくないとかではなくて、騎士にならなければいけないんです。あなたのような『なんちゃってエンジョイ勢』ではないので」
 
 気を悪くして早くわたしのそばから離れて行ってくれないかしらと思いながらわざとぶっきらぼうに受け答えしているのに、なかなか引き下がってくれない。

 思い返せば、こうしてレイナード様と二人きりで並んで座りながら話をするのは久しぶりだった。
 なんだか胸がドキドキして落ち着かない。

「騎士にならなければいけない理由があるってこと?」

「はい、実はわたし、命を狙われてまして…」
「ええっ!誰に?」

 誰にって、あなたですよ!
 婚約破棄したら、わたしを殺すおつもりなんでしょう?

「婚約者に」
「婚約者がきみの命を狙っているのか?ひどい男だな」
 レイナード様はなぜか笑い出した。

 ええ、ひどい男なんです。
 笑い事ではありませんよ、あなたのことなんですから!

「そういうあなたこそ、どうして騎士団の訓練に?」
「ああ、俺は、すぐに逃げ出す婚約者を捕まえられるように、体を鍛え直そうかと思ってね」

 いやあぁぁぁっ!


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