婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
 リューディアの口から兄の名が出たことで、エメレンスの心にはチクっと針が刺さったような痛みが走った。

「あ、うん。元気だよ。最近は、その、運命の出会いをしたとか叫んでいて。その女性と婚約しようとしているみたい。だけど、父と母は反対していてね。なんか、よくわからないんだよね、その相手の女性」

「そう、だったのですね。モーゼフさまは、わたくしにもそのようなことをおっしゃっていたのですが。まだ、その運命の方とはご一緒になられていない、と」

「うーん、兄上のことだからね。もしかしたら、その運命の女性に騙されて……。あ、いや、何でもない」

 単純で素直なモーゼフのことだから、あの女性に騙されているのではないかということをエメレンスは懸念しているのだが、何もそれをわざわざリューディアに教える必要も無いだろう、と思っていた。モーゼフのことはこちら側の問題であって、リューディアにはもう関係のない話なのだ。

「うん、まあ、あ、うん。とにかく兄上は元気だよ」

 その一言で誤魔化した。

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