婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
8.
 フリートは微笑みながら、モーゼフの隣に座っていた。目の前には仕立て屋が持ってきたドレスがいくつも並んでいる。
「殿下。どのドレスがお好みですか?」

 モーゼフは彼女に聞かれても答えることができない。なぜ今、自分はここにいるのか。それすらわからなくなっていた。このような場所にドレスの仕立て屋を呼ぶのも初めてのことだ。なぜ仕立て屋を呼んだのか、それすらわからない。

()()()()()()()()()()……」
 モーゼフの口が勝手に動いて、そう言葉を発していた。最近、自分の意思とは関係の無い言葉が口を告いでくることが増えてきた。なぜだろう。
 困ったときは弟のエメレンスに相談していたのに、今はその弟すら近くにいない。なぜ自分の側から大事な人がいなくなってしまったのだろう。

「殿下の立太子の儀。それから、私と殿下の婚約発表のパーティ。楽しみですね」

()()()()
 婚約。一体誰と誰が婚約をしたのだろう。モーゼフにはそれすらわからない。
 頭の中には、ここ数か月ほど白い霧のようなものがかかっているような感じだった。たまにその霧が晴れることもあるのだが、そのときはただリューディアに会いたくてたまらない気持ちになる。そして、このフリートと出会えば、また頭の中は霧で覆われる。

「殿下。どうか、されましたか?」
 真っ赤な唇のフリートは妖艶に笑っている。モーゼフはその口元にさえ魅了されてしまう。

 リューディアとエメレンスはどこに行ってしまったのだろうか――。

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