婚約者には愛する人ができたようです。捨てられた私を救ってくれたのはこのメガネでした。
 だからだろう、目の前のエメレンスも目を大きく開けて、非常に驚いている様子。

「かれこれ、向こうにいって一月経ちますが、どうやらうまくやっている様子ですね。父なんて、さっさと根をあげて三日で帰ってくるものと思っていましたからね」

 そこで、遠くからシオドリックの名を呼ぶ声が聞こえてくる。

「ああ、すみません。これから、会議でして」

「いや、忙しいところを呼び止めてしまってすまない」

「いえ。殿下だけですよ、こうやって妹のことを気にかけてくれるのは。まあ、妹は引きこもりで、他人との交流を断っていたから仕方ないですね」
 シオドリックは頭を下げて、呼ばれた方へと足を向けた。その背をじっと見送ったエメレンスが考えるのはリューディアのことばかり。
 やっとモーゼフとの婚約を解消できたというのに、なぜ彼女はわざわざシャルコに行ってしまったのだろうか。
 エメレンスもくるりと向きを変え、魔導士団の管理棟の方へと足を向けた。

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