【仮】イクツニナッテモ
「あ!猛家さん?今日は宜しくお願いします」

男性が暖簾を潜って来た。手に持った器は流し台の手前の台に寄せるように置かれた。きっとそこがこの器の定位置なんだと思った。
彼も若い、私より。きっとこの人が店長だ。

「はい、宜しくお願いします」

頭を軽く下げた。

「えーっと…経験は」

やはり店長だ、と思った。

「すみません、ありません」

「あ、いいんです、いいんです。では…」

「はい」

「先に事務所で着替えを済ませちゃいましょう。制服のサイズ、…大きいかもしれないですね」

店長だと思うその人の目線が上下したのが分かった。ああ、そうだった。それは自分でも不安はあった。事前に知らせていたサイズ。男女兼用となるとサイズは大きいはずだ。小さいと嫌だと思った私はM希望にしていた。私は決して小柄ではなかったから。

「じゃ、こっちです、行きましょう」

奥に向け手をあげた。

「はい」

見てはないかもしれなかったが、最初に声を掛けてくれた彼の方に軽く会釈をして店長の後に続いた。

「…オバサンだったな。マスクしてるからハッキリ分かんないけどさ…」

聞こえたのはそこまで。そんな言葉が不意に追い掛けてきた。『彼』の声とは違う声だった。
あぁ、はいはい、分かってますよ。そう言われるのは承知の上での今です。…はぁ、でも迂闊過ぎるよ?君。私はまだそんなに離れてないところを歩いているのだから。まだ早いよ?その口、もう少し我慢しないと。
『オバサンだったな』、その会話、早くしたくてウズウズしていたのだろうけど、気を抜くの、早すぎだから。

ごめんなさいね。…はぁ。それ、それなんだよね。
今夜、どんな子が来るんだろうって、淡い期待をしていたとしたら…申し訳ないなって、それです。
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