【仮】イクツニナッテモ
動悸がする。できればもう二度と経験したくないと心臓が一番に訴えていた。…いけない。
今は苦い経験を思い出してる時ではなかったんだ。
どこを見ても探しモノが見当たらなかった。

「あの…すみません」

ここが更衣室です。どうぞ。
そう言われて入ったら、室内に灯りをつけるスイッチがなかった。

「ああ、ごめんごめん。スイッチは外なんよ。…はい」

パチッと音がして狭い室内が眩しく思うほど急に明るくなった。
お礼を言ってドアを閉めた。なるべく手早く着替える努力をした。待たせていると思うと焦ってしまう。
スニーカーも抜かずに脱ぎ着を試みた。駄目だ。穿いていたパンツの裾が狭かったせいで脱げず、慌ててスニーカーを脱ぎ捨てた。結局、時短をめざした結果がこれだ。何の為だったのか…手間取るはめになった。そのせいだ。変な汗が吹き出た。止まらない。もう…嫌だ。
案の定、穿いた制服のパンツは大きかった。大きいというか、ここ一月で痩せてしまった私の身体はウエストでパンツを受け止めることが出来ず、元々横張り気味の腰でなんとか止まった形になった。
裾が踵を被うほど…なんとまあ…締まりのない格好になってしまった。恥ずかしいことこの上なかった。安全ピン、持って来てたら良かったのに、うっかりしていた。
脱いだ服をバッグに押し込み、スマホを握りしめた。スニーカーに足を入れ、更衣室を出ると店長が立っていた。

「…あっ」

思わず声が出た。こんな近くに居るとは思っていなかった。中で独り言を言わなくて良かったと思った。

「あー、やっぱり大きかったね。サイズダウンしましょう」

「すみません…」

また店長の目線が縦に往復したのが分かった。
お手間を取らせてしまって申し訳ありません。
そして改めて出してもらったSサイズに穿き直した。……期待とは裏腹にMサイズと大差はなく、やはりウエストはブカブカだった。でも、裾はましになった。
エプロンの紐の結び方が特殊だったので習いながらなんとか結び終え、にわか店員になりえた。

「良いですよ、上手ですね。結び方、覚えておいてくださいね、次回、忘れないように」

「はい」

…クス。実際、笑ってはいない。思考の中で笑った。次回?スキマバイトの私に次回はあるのだろうか。誰にでも言ってることだろうから、深い意味はないのだと思った。
用意されていた名札をつけ、就業手続きを済ませた。
10分前には着いておくように。遅刻は厳禁。確かにその通りです。
心配性な私は更に早く着いていた。
この慎重なまでの心配性は、ひょっとしたら店にとっては迷惑な事なのかもしれないと思いつつも、性分なのだ、どうしても早めになってしまった。

アプリを操作してコードを読み込み、就業開始時間の登録が無事に終了した。
< 5 / 16 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop