【仮】イクツニナッテモ
「緊張せずにって言っても無理でしょうから、んー、上手く言えないけど、リラックスしてやりましょう。一人じゃないです、手伝いますから」

「はい…」

有り難うございます。…よし。
小気味良いドアの開け閉めの音。オーダーに目をやりながらそつなく冷蔵庫から取り出されていた。

「申し訳ない、さっきのは気にしないでください」

「え?」

なんのことだろうか、はて?無意識にもう何かやらかしてしまったかな?

「いや、その。若い子は、世の中、自分らの年齢が“最強”だと単純に思ってる子も居るので。これは私の、雇う側の行き届いていない指導のせいもあります。気を悪くしたでしょ」

あー、さっきの、アレ。

「いいえ別に、大丈夫です。事実、オバサンですから」

彼らの年齢からしたら、少し上でもオバサン認識だと思うし。
そんな返し方をされては店長も困ったかもしれないが。

「なのに採用して頂いて有り難うございました」

「いや、そこ、関係ないですからね、全然」

ハハ。そことは、年齢のことですよね。

「むしろ、何も教えなくても、今までの経験、培って来たもので、接客は出来ると思ってますから。気配りとか、自然に出来ますもんね、大歓迎です。嘘ではないです」

…上手いな。まだ何も分からない人間を買いかぶり過ぎでは。
んー、まあ、生きてきた年数、長い分、色んなタイプの人とは否が応でも接してしまった。嫌いだからと、接しないで済ませられないことだってある。こう言ってしまうと、嫌な人にしか出会ってないような言い方になってしまうけど。

「気が利くかどうかは分かりませんが、まずは間違わないように頑張ります」

「はい、先ずはそれからです。お願いします」

そう言っている内にも、オーダーは入っていた。

突然だ。

「この時間帯、今しばらくオーダー多くなります。俺、出すんで、猛家さん、席に運んでもらえますか?
そこ、席の番号書いたやつ、貼ってあるんで、見ながらで、お願いします」

あ、さっきの好印象青年だ。

「一気に来ちゃったんで。落ち着いたら、ゆっくり確かめながらも出来るんで」

「あ、はい、分かりました」

有難い言葉だ。

「じゃあっと、後は宜しく、室井君」

「っす。了解です」

室井君ていうんだ、彼。
店長は入れ替わるようにして持てるだけのトレーを手にフロアに出て行った。

改めて彼の胸を見た。見たと言ってもセクハラではない。そんなつもりではない。名札を見た。
本当だ、室井君だ。室井、何君だろう…。

「ん?はい?」

「あ、嫌、なんでもないです」

慌てて手を振って一二歩後ずさった。
変な汗が吹き出した。
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