天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
第一章 どうやら私、災難(?)体質のようです
第一章 どうやら私、災難(?)体質のようです
光と影、陰と陽、月と太陽。
世の中には相対するものであふれている。お互いまったく違うものだとその存在は認めるものの、あえて近づくことはない。
私、矢吹純菜(やぶきじゅんな)にとって、目の前にいる男はそういう存在だった。
――はずだ。
なのに……どうして?
「どうしよう……まだ帰ってこない」
純菜はパソコンに向かいながらも、そわそわしながら何度も時計をちらちら眺めていた。もちろんこんな状態では仕事が捗るわけなんてなかった。
いつものことだと割り切ってしまえばいいのだろうけれど、真面目な性格が災いしてできずにいる。
早く戻って来てよ。胃が痛くなる。
来客をもうすでに二十分も待たせている。さっきから時計と応接室、それから事務所の入り口を何度も見てひとり焦っていた。
「やっぱり、もう一回電話しよう」
いてもたってもいられずに、受話器を手に取り短縮【1】のボタンを押した。コール音を聞きながらまたもや時計を見る。
あぁ。お客様イライラしてるだろうなぁ。
きっと先ほどお出ししたお茶はぬるくなってしまっているに違いない。
「矢吹さん、また鮫島先生遅刻なの?」
純菜のデスクの真向かいに座る、先輩の国見葵(くにみあおい)が声を潜めて尋ねる。
彼女は先輩であり、あまり周囲となじもうとしない純菜の良き理解者だった。彼女とはときどきプライベートで会ったり、悩みを聞いてもらうほど仲良くしていた。
「はい、電話にも出ないです」
むなしく響くコール音。諦めて受話器を置こうとしたときに事務所の扉が開いて、純菜の待ち人が現れる。
「鮫島先生っ!」
普段あまり大きな声を出さないようにしているが、今日のようなときは仕方ない。
「おお、矢吹。喉渇いたからお茶お願い」
「あの、遅刻ですよ。本宮さんずっとお待ちです」
「ああ。すぐに応接室に行くからお茶頼んだ……ってやっぱりコーヒーがいいな。俺」
遅刻の張本人でもある、この事務所の人気アソシエイト弁護士である鮫島壱生(さめじまいっせい)は悪びれる様子もなく、にっこりと微笑みながら応接室に入っていった。
その態度に憤懣やるかたない。
「なんで笑っていられるの?」
思わずこぼした言葉に葵がくすくすと笑う。
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