天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「でも、私が顔を出したときは明らかに不満そうでした。実際に『まだなの?』って聞かれましたし」

 イライラした様子で、いまにも爆発しそうだったのに。

「そんな相手でも手懐けるのが、あの男なのよ」

 葵は右手に持ったボールペンを振りながら、自ら納得したように頷いた。

「はぁ。そうなんですね。でも毎回私の神経がすり減ります。もういい加減にしてほしい」

 大きなため息をつき、がっくりと肩を落とす。どうして本人はあっけらかんとしているのに自分が気をもまなくてはならないのだと嫌気がさす。

「私、やっぱり鮫島先生のアシスタント下りたいです」

「あら、また? もう何回目よ。言ったって無駄なんだから」

 葵の呆れたような言い方に、抗議する。

「それでも、無理なものは無理です。あの、もう一度代表にかけあってみてもいいでしょうか?」

 葵に泣きついていると後ろから「何の話だ?」という声が聞こえて肩をビクッと震わせた。

 振り向いた先にいたのは壱生だった。

 後ろのデスクに長い足を持てあますようにして座っている。その少々行儀の悪い姿さえも美しいと思ってしまうほどの容姿に思わず純菜も葵も見とれた。

 流れるようなさらさらの髪。整えられた前髪からの覗く鳶色の瞳。高い鼻筋に、わずかに口角の上がった形の良い唇。それらがきちんとあるべき場所に収まっている。神様の最高傑作といっても過言ではないほどの美形。

 仕立てたスーツは彼の体にフィットしていて、そこらのモデルなんか目じゃない。彼が歩くとすれ違った人が振り向くのはいつものことだった。

 ――なんというか、もうオーラが違うんだよね。

 そんなものは見えるはずないのに、きらきらと輝く何かをまとっているように見えた。

「いえ、なんでもありません」

 数秒見とれてしまった後、姿勢を正して今までの話がなかったかのように、パソコンの画面を見る。しかしそんなごまかしは壱生には通用しなかった。

「なんでもないことないだろう~ペアの俺に相談してみろ」

 問題の張本人に相談してどうにかなるならそうしている。

「いえ、大丈夫ですので」

 きっぱりと断ると、何がおかしかったのか壱生がクスクス笑った。

「まあ、代表に掛け合うのは自由だけど。俺は絶対認めないからな」

「な、聴いていたんですか?」

 人の悪い顔でニヤニヤ笑っている。
< 3 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop