天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 なんとか会議に間に合いほっとしたのも束の間、席に付きいつもの仕事を始めるといつもとは違う視線が自分に向けられているのに気がついた。

「ねぇ、今日何かあったの?」

「え、言え。特には」

 どうやら葵も女子社員たちの視線に気がついたようだ。そのくらいあからさまだ。

 えーなんだろ。何かミスしたかな。

 脳内をひっくり返してここ一カ月の仕事を振り返ってみる。小さなミスはあったけれど、大問題に発展するようなことはなかったはずだ。

もしかして、今朝見られた?

「なんだか空気が不穏ね」

 葵のカンが的中するかのように女子社員から声がかかる。

「矢吹さん、ちょっといい?」

「あ、はい」

 振り向くとそこには不機嫌を隠そうともせず純菜を睨んでいる、不動産部門のアシスタントが立っていた。先輩の彼女は葵と同期だが性格が違いすぎるせいかあまり仲が良くない。

「何かあったの?」

 彼女の醸し出す雰囲気があまりにも攻撃的だったので、見かねた葵が助け舟を出す。

「国見には関係ないから」

 バッサリと切り捨てられて、目だけで「早くしろ」と催促された。

「ちょっと席はずします」

 純菜は葵に声をかけて、ゆっくりと頷いた。

こんなところで話をしていたら、周りにめいわくをかけてしまう。

 立ち上がり後をついていった先は非常階段だった。人通りの少ない呼び出しの定番の場所だ。不動産部のふたりの女性が立っていた。三対一で完全に不利だ。

 そもそも勝つつもりなんてないんだけど。

 足を踏み入れるや否や、すぐに本題に入る。

「あなた、今日鮫島先生と一緒に出勤してきたって本当?」

「え……」

 気を付けていたのに誰かに見られたのだろうか。しかし認めるわけにはいかない。

「いいえ、歩いて出勤しました」

 途中からだけど嘘はついていない。

「嘘よ。わたし見たもの、そこのカフェの前で鮫島先生の車から降りてくるの」

「見間違ってことは……」

「ないわよ。私が鮫島先生に関することで見間違えるなんて」

 彼女は三人の中でも一番鮫島先生に対する思いが強い。アシスタントを選ぶときも彼女は何度も立候補していた。その積極性が逆に壱生に倦厭される理由になるのだけれど。

「うそついてごまかそうとするなんて、ますます怪しいわ」

 ひとりが純菜をジロジロ見ながら、彼女の周りをゆっくり一周する。厳しい視線に体にじんわりと汗をかく。
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