天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「この子、昨日と同じ服じゃない?」

 気づかれた……。血の気が引いて指先が冷たくなる。

「本当だ。昨日不動産ファイナンスの全体会議で見たから間違いないわ。いつも地味で目立たない服だけど、昨日のことだから覚えているもの」

「それは……ちょっと事情があって」

 ここまできたらどうごまかしても無理がある。

認めてしまって理由を説明したところで、最初にごまかしたので納得してくれるかどうかわからない。

しかも理由が実家の借金だなんて、いいたくない。

 まさに四面楚歌。絶体絶命のピンチだ。こうなったらもうサンドバッグのように彼女たちの発する言葉に耐えるしかないのか。

 そんなことを考えていた矢先、純菜の背後にある重い扉が音を立てて開いた。

 その場にいた全員の視線がそちらに向く。

「あーやっと見つけた。矢吹、困るんだけど俺の近くにいてくれないと」

 にっこりと笑った壱生が顔を出すと、先輩方が目を見開いておどろき、そして気まずさから一斉に口をつぐんだ。

 しかもそこに彼は爆弾を落とす。

「ねぇ、この子。俺のだから返してもらっていい?」

 な、何でそんな火に油を注ぐような言い回しをするの?

 思わずふらつきそうになった純菜の肩を抱いたので、余計にその場にいた女性たちの怒りが大きくなる。

「私たちが今、話をしているんです。もう少しお借りしてよろしいでしょうか?」

 口調は丁寧だし笑顔だ。しかし目が笑っていないのでものすごく怖い。

「え、じゃあ俺も一緒に聞くよ」

「は?」

 まさかそうくるとは思っていなかったので、その場にいた壱生以外の全員が口をぽかんと開けている。

壱生のようなカンの鋭い男が今ここでどんな話をしているかわからないわけがないはずだ。いや、わかっているからこの場に残ると言うのだろう。純菜のために。

 その壱生の意図が三人の先輩にも伝わったことで彼女たちの怒りが増した。

「じゃあ、鮫島先生に答えてもらいましょう。彼女今日、先生と一緒に出勤しました?」

「あぁ。そうだよ。なんなら昨日からずっと一緒だった」

「鮫島先生!」

 慌てた純菜がそれ以上何も言わないようにと口をふさごうと手を伸ばす。しかし壱生はまだ言い足りないと話を続けた。

「彼女、眼鏡とるとすごくかわいいんだ。知ってた?」

 なんでそんなこと、今言う必要ある?
< 31 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop