天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 壱生の目標であるパートナー弁護士への昇進。

 そのために本宮自動車の令嬢の離婚問題など、本来ならばやらない案件も受けてきた。もちろん普段の業務であるM&Aや事業再生などの仕事も同期の弁護士とは比較にならない件数をこなしている。

 それは一日も早くパートナー弁護士になりたいと日々努力しているからだ。

 でもなんで今回のことが昇進に関係あるのか、純菜は理解できないでいた。しかしこんなに必死なのだ。どうにかして協力したいと思い強引につれさられるまま壱生とともに代表室の扉の前に立った。

 壱生が扉をノックして「鮫島です」と声をかけると。すぐに「どうぞ」と返事があった。

 緊張でごくりと唾をのみ込んだ。壱生が扉を開くと壱生の焦りとは裏腹にいつもと様子の変わらない代表の姿があった。

「呼び出してすまなかったな。ふたりともここに座りなさい」

 純菜は頭を下げて壱生の後に続いた。ふたり並んでソファに座る。本来は座り心地の良いソファのはずだが、ここに来るときはいつも緊張しているので座り心地を確かめる余裕さえない。

 ちらっと壱生の方を見ると顔を上げて代表の方を見ていた。

 最初に口を開いたのは代表だった。しかも最初から確信に迫る。

「君たちふたり、付き合ってるんだって?」

 誰よりもストレートな質問に驚いたが、ここはちゃんと話をしなくては誤解が大きくなる。

「いえ、あの……私たちは――」

「付き合っています」

「えっ?」

 驚いて隣を見るとものすごく真剣な顔をした壱生がいた。いきなり何を言い出すのだと慌てて否定しようとする。

「いえ、あの。違うんです。私たちは――」

「愛し合っています」

「え!?」

 まってまって、ちょっとどういうつもりなの?

 焦って壱生の方を見ると、彼は無言で純菜の手をぎゅっと握り、優しい笑みを浮かべた。

「恥ずかしがらなくていいだろう。どうせすぐに結婚の報告をすることになるんだから」

「け、結婚って――」

 なんてことを言っているのだと、声を上げそうになった純菜の口元に壱生の長くしなやかな人差し指が触れた。

「少しだまっていて。大事なことだから俺から代表にきちんと説明したいんだ」

 やさしく微笑む壱生。紳士的なふるまいだが、純菜にしてみれば胡散臭いことこの上ない。
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