天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「なんだ、心配したんだ。鮫島先生は今度プライベートで問題を起こしたらうちでのパートナー弁護士への昇進はあきらめてもらおうと思っていたからね」

「問題だなんて、確かにこれまでの事は私の不徳の致すところで反省しています。ただ彼女に会って私は変わりました。ですからこうして彼女との結婚の報告をさせてもらえる日が来てうれしいです」

 弁が立つのは弁護士として素晴らしいことだ。しかしここまですらすらと嘘がつけるのかと、純菜は否定するのも忘れて思わず聞き入ってしまった。

「だが、噂になる前に報告に来るべきじゃないのか」

 純菜は代表の鋭い突っ込みにぎくりとする。しかし隣の壱生はにっこりと微笑んだ。

「それが、彼女がなかなか結婚を承諾してくれなくて。過去の自分のせいですが、ものすごく反省と後悔をしました」

「なるほど。で、矢吹さんの方が折れたってこと?」

 やっと発言のチャンスが回って来たと思い、口を開こうとした瞬間握られていた手にぎゅっと力が込められた。

 驚いて壱生の方を見ると微笑んでいるが細められた目の奥が冷たく光る。その表情が怖すぎて頭の中が真っ白になる。

 言わなきゃいけないのに……結婚しないって。でもそれを言うと鮫島先生のパートナー弁護士への昇進が。

 とまどっていると壱生がそっと顔を寄せてきた。言葉にしないけれど目で強く従うようにと訴えかけてくる。

 普段から彼の様子をくみ取って仕事をしているせいか、意図していることが手に取るように分かった。

 そのうえで断るなら今がチャンスだとわかっているのに、壱生のパートナー弁護士への強い思いを知っているせいで強く出られない。

 今は鮫島先生の言う通りにしよう。

 きっと後でどうにかしてくれるのだろう。そう信じるしかない。

 強引だけど間違ったことはしない人だ。それは二年間アシスタントとして彼の傍にいてわかっている。

 仕事でもプライベートでも助けてもらった。恩返しのためにこの場をとりつくろうくらいはしてもいいだろう。

「そうなりますね……。なんとなく流れで」

「流れで……?」

 代表の表情に焦る。けれど「結婚しよう」と言われたけれど本当に冗談みたいにさらっとだった。

 あれがプロポーズだと到底思えない。アドリブが聞かずに『流れで』と答えてしまったけれどあれをプロポーズだと認識してなかったのだから許して欲しい。
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