天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「全然気が付きませんでした」

「本当に? 鮫島先生が自分から食事に誘うのは矢吹さんだけでしょ。それに今日だって矢吹さんや呼び出しされたって聞いてすぐに探しに行っていたし」

 それは……代表に呼ばれたからじゃないのかな?

「たまたま用事があっただけじゃないんですかね」

「そんなことないわ。血相変えてあちこち捜し回ってたんだから。愛されてないとそこまで心配しないでしょ?」

 自分のいないところであっまことを他人から聞かされるとどう解釈していいのか悩んでしまう。

 壱生にとって純菜はただの都合のいいアシスタントだ。

 もしかしてこれも計算? 

 だとしたらすごいことだが、あの壱生ならやりかねないと思う。

「とりあえず、この話はしませんから。仕事しましょう。ね?」

 まだ話をしたそうな葵を何とか席に戻らせて、純菜は仕事に集中した。



 定時に仕事を終わらせてマンションに到着すると、足音に気がついたピッピがベッドの上で尻尾を振っていた。

 近くには綿が飛び出したぬいぐるみがある。今日も随分派手に遊んだようだ。

「おいで。お留守番出来て偉かったね」

 抱っこして撫でてやると、ちぎれそうな勢いで尻尾を振っている。すぐにドッグフードを用意して食べさせた。

「おいしい?」

 食欲は旺盛のようでほっとする。水を変えてから純菜は自分も買ってきたコンビニご飯を食べる。

 昼間はバタバタしておにぎりをひとつ詰め込んだだけだったのでひどくおなかがすいていて、あっという間に食べた。

 ピッピと自分の食べた後片づけをしていると、玄関のチャイムが鳴る。自然とモニターに目がいく。そこには壱生の姿があった。

「あれ? 鍵開かなかったのかな?」

 慌てて玄関に向かい扉を開けると壱生が立っていた。

「おかえりなさい」

「ああ、ただいま。いいな、そうやって出迎えてくれるの」

「え、事務所だって同じように言いますよ?」

 純菜にとってはいつもと同じようにしただけだ。

「色気のないこと言うなよ」

わたしに色気を期待されても困る。

 さっさとリビングに向かう壱生の背中に「だってしかたないじゃない」とひとり呟いた。

「ほら、ピッピお土産だぞ」

 壱生が手にしていた紙袋からうさぎの形をした人形を取り出してピッピに渡す。

 頭の部分を押すと「ピー」と音がするおもちゃだ。

 さっそく咥えてぶんぶん振り回している。

「気に入ったのか。よかった」
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