天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 柔らかい笑みは、いつもの何か含んだような笑顔ではない。

 素直にピッピの可愛さに微笑んでいるようだ。その無垢な笑みに純菜は思わずみとれてしまった。

「飯は?」

「え、あ。食べました」

 ぼーっと見とれていて、慌てて返事をした。見つめていたことがばれていないかドキドキする。

「俺もクライアントと食べてきた。じゃあ、これは、君へのお土産」

 もうひとつ手にしていた紙袋を純菜に渡した。

「あ、ここのプリンすごくおいしいんです! うれしい」

「よかった。座って食べて。コーヒーで飲むだろ?」

 壱生はジャケットを脱いで椅子に掛けるとキッチンに向かう。

「私やりますよ」

 なんとなく壱生に淹れてもらうのは、いつもと立場が逆で変な感じがする。

「遠慮するな。こう見えても結構うまいんだから」

 壱生はさっさとキッチンに入ると手際よく、コーヒーの準備を始めた。ほどなくして部屋にコーヒーのいい香りが広がる。

「矢吹はミルクだけだよな?」

「はい。あのよくご存じで」

 純菜はよく職場でコーヒーやお茶の準備をするので社内の人の好みをある程度把握している。しかし壱生が知っているのは不思議だった。

「何年お前の上司をしてると思ってるんだよ。君の好みくらいは把握してる。朝はパン。昼は手作り弁当。紅茶はレモンよりミルク。困ったときは眼鏡を必要以上に触るし、機嫌のいい時はキーボードをたたくスピードがいつもよりも早い。他に何か知りたい?」

「いえもう大丈夫です」

 本当に記憶力がすごいと感心する。

「はい、どうぞ。プリンも食べて」

「いただきます」

 壱生の淹れてくれたコーヒーを飲んだ。

「おいしいです。私、家ではインスタントなんで、丁寧に淹れたコーヒーっていいですね」

 自分で上手だと言うだけあって、香りも高くおいしい。

「気に入ってくれたならよかった、まあコーヒーくらいいくらでも淹れてやるよ」

 少しはにかむ姿が意外で思わず目を奪われてしまう。

「何? こっちじっと見て。やっと俺のかっこよさに気が付いたか?」

「いえ、そうじゃなくて――」

「いや、そこは普通否定しないだろう」

「ごめんなさい」

 ふたりして顔を見合わせて笑い出す。

「いや、鮫島先生でもあんな顔するんだなって」

「君だってそんな風に声を上げて笑うんだな。可愛いからもっとそうしていたらいいのに」
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