天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「え、待て。似合ってるのに。いいじゃん。さすが俺って納得してたところ。可愛い」

 一気に誉め言葉を並べられて頬が赤くなる。容姿についてほめられたのは身長以外初めてだ。

「合格ですか?」

「もちろん。髪もおろしたんだな。すごくいいと思う。さっき間があったのはこれが似合うかどうか考えてたんだ」

 壱生がラッピングされた小さな袋を差し出した。

「これ、開けてもいいですか?」

「もちろん」

 中から出てきたのはリップグロスだった。赤とオレンジの中間くらいの綺麗な色だった。

「綺麗……」

 キャップを取って中身を見る。ブラシの先が光りを受けてきらきらと反射した。

「ぬってみて」

「はい」

  言われるままに鏡を見てグロスを塗った。ねっとりとした塗り心地だったがなじみが良く、パッと明るい印象になる。

  なんかいいかも。

  思わず笑みを浮かべた純菜を見て、壱生も微笑んだ。

「ありがとうございます。うれしい」

「少し、はみ出してる」

 純菜の顔を間近でみた壱生のしなやかな指が彼女の唇に触れグロスを拭った。

 吐息がかかりそうな距離に、純菜の心拍数が一気に上がる。

「あの、自分でとるので」

 必死に視線を逸らせてから距離を取ろうとする。しかし壱生は純菜の顎に添えた手に逆に力を込めた。

「なぁ、男が女に口紅を送る意味知ってる?」

 ぶんぶんと頭を振る。顔をどんどん近づけてくる壱生に羞恥心が煽られて口を開くことができない。

「自らその塗られた口紅を落とすためだ」

 グイっと顔を正面に向けられた。壱生と目が合う。その瞳の中にやどった情熱を見た瞬間、純菜の唇が奪われた。

「んっ……ん」

 嘘、何……何で?

 パニックになり思考がままならない。意味のない言葉が頭の中に浮かんできては消えるを繰り返した。

 恥ずかしさからぎゅっと目をつむる。しかしそのせいで余計に壱生の唇を感じてしまう。

 ついばむようなキスをしていたかと思うと、彼が言ったようにグロスを落とすかのように、舌先で唇をなぞる。

そしてもっとと言わんばかりに深いキスへと変化していく。

「んっ……はぁ。鮫島先生っ」

 息つぎの間に必死になって彼の名前を呼ぶ。すると唇が離れた。

 彼の大きな手が純菜の頬を包む。逃げられないようにして視線を合わせた。

「俺の名前は、壱生だ」

 まるで洗脳するかのように強い視線と言葉。純菜の頭の中には今彼しかいない。
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