天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 八つ当たりともとれる言葉。すねているような言い方に、純菜の胸が熱くなる。
「どうして……欲しいですか?」

 彼の腕の中で顔をあげる。するとこっちを見ていた彼と目が合う。

「ずっと好きだった。俺の気持ちを受け止めて欲しい」

 きゅっと胸が締め付けられる。好きな人と気持ちが通じ合うとこんなにも胸が甘くて切なくうずくのだと、人生で初めて知った。

「私も好きです。私の初恋も受け止めてください」

 間違いなくこれが純菜の初恋だ。人を真剣に好きになる気持ち、自信がなくて泣きたくなる気持ち。相手に思いを伝えてそれを受け入れてもらえて、うれしくなることも……全部、壱生が初めてだ。

 壱生は微笑んだ後、もう一度純菜を抱きしめた。優しく髪をなでたまましばらくの間ふたりはそうしていた。


 それから純菜は1度気持ちを落ち着けるために、バスルームを使った。

これまでならまっすぐに自分の部屋に向かうのだけど、リビングにいる壱生と目が合いそのまま彼の座るソファの隣に腰かけた。

 なんとなく離れがたい。お互いそんな気持ちなのだろう。けれどどこかこれまでと違いくすぐったい雰囲気が流れる。もちろんそれも嫌ではない。

 なんとなく手持無沙汰で膝を抱えて座る。右に座る彼の体と触れ合う距離に座っているので、シャワーの後の彼の清潔な匂いが漂ってくると、余計に意識してしまう。

 落ち着くためにほんの少し距離をとった。しかしそれに気が付いた壱生が笑い出す。

「何そんなに緊張してるんだ。別に取って食おうってわけじゃないだろ。まあ、隙あればいただくつもりではいるけれど」

 正直すぎる壱生の言葉に顔が赤くなる。

純菜とて好きな相手とそうなることは嫌ではない。けれど心の準備というものがなかなか出来ないでいると言うのが事実だ。

「だって、こういう経験がないから緊張しちゃって」

 ここで隠しても仕方ない。純菜は正直に今の自分の状況を伝えた。

「じゃあ、このまま自分の部屋に行く? それとも俺の部屋に行く?」

「えっ……待って……ちょっと……あの」

 付き合っている男女なのだから、そういう雰囲気になるのが自然なのはわかる。ただ気持ちがついていかないのだ。

「俺は純菜と離れがたい」

 壱生はそっと純菜の方にもたれかけてきた。彼のぬくもりが伝わって来てドキドキするけれど離れてほしくない。

「私も、もう少し一緒にいたいです」
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