天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
「じゃあ、俺の部屋においで」

 先になった壱生が純菜の手を引いて立ち上がらせた。手をつないでそのまま彼の寝室に歩いていく。

「そんなに固くなるなよ。純菜が嫌なら手は出さないから」

 そこまで言われて拒否するとさすがに失礼だと思い、純菜は恥ずかしさから顔を赤くしながら初めて壱生の寝室に足を踏み入れた。

 チャコールグレーを基調としたシンプルで落ち着いている空間。そのなかでひときわ存在感を示すのがキングサイズのベッドだった。

 純菜は促されて座ると、ベッドのスプリングで体勢を崩しそうになったのを壱生が支えた。

 無言のまま至近距離で見つめ合う。目だけで交わす合図は恋人たちの特権だ。そのままゆっくりと唇が重なった。

「……手は出さないって言ったのに」

 恥ずかしくて思わずかわいくないことをいってしまう。

「手は出してないだろ、キスだけ」

 もう一度唇が重なる。さっきとは違い激しいキスに純菜はベッドに倒れ込んだ。

「なぁ、約束は破るためにあると思わないか?」

 さきほどは『約束は守るべきだ』っていたのに。

「弁護士がそんなこと言っていいんですか?」

 純菜が笑って返すと、壱生は彼女の頬を優しく撫でてそして耳元で甘く囁いた。

「弁護士だって人間だ。悪いけど我慢できそうにない」

 耳から流れ込んだ言葉に、体が熱くなる。純菜も初めてで緊張しているけれどそれでも壱生と気持ちは同じだった。

 ゆっくりと目を閉じると、壱生はそれが純菜の返事だと理解して瞼、耳、頬、鼻先……そして唇へとキスを落としていく。

 そのひとつひとつに愛を込めるように丁寧に。純菜は胸がいっぱいになるのを感じてすべてを壱生にゆだねた。


 翌朝、目が覚めると同時に体に感じた倦怠感で昨夜のことを思い出した。今何時だろうかと時計を探すと同時に、隣にいるはずの壱生がすでにいないことに気が付いた。

 まだ温かく、先ほどまでここにいたようだ。

 どんな顔をみせたらいいのかわからないので、正直ほっとした。大きく息を吐いて、寝返りを打つ。するとかけられている布団から壱生の香りが漂ってきて羞恥心を煽る。

 私変じゃなかったかな。

 年齢相応の知識はあるもののはじめてのことで、途中の記憶があいまいだ。彼がどういう反応をするのか少し怖い気もする。
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