天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 さっきから何度か壱生との距離が空きそうになっている。背の高い彼を見つけるのは簡単だったが、人の波にながされたらはぐれてしまうかもしれない。

「ほら」

 彼が手を差し出した。

「心配なら繋いでおけばいい。そうすればはぐれて迷子になることもないだろ」

 なんとなく恥ずかしいと思いながら、それでも純菜は壱生の手に自分の手を乗せた。すると彼がぎゅっと強く握り返してきた。

「これで安心だな」

 たしかにはぐれることはないけど、そのかわり私の心臓が持ちそうにありません。

 心臓がうるさいくらいに鼓動を打っている。緊張して手汗も気になる。壱生が足り前のようにする行為に、純菜はまだ慣れずにいた。

「こっちだ」

 お参りの列に並ぶ前に手水舎(ちょうずや)に向かう。そこも何人か並んでいたが順番を待って手を清めた。

 ハンカチで手をふくとすぐにまた元通り壱生によって手を繋がれる。彼が当たり前のように手をつないでくることが恥ずかしいけれどうれしい。

 手をつないだまま参拝の列の最後尾に並ぶ。

 黙っていると恥ずかしさに耐えられそうにないので、気を紛らわせるために話をふった。

「鮫島先生は、このあたり詳しいんですか?」

「鮫島先生なんだな……デート中なのに」

 そう言いながら彼はつないでいる手に力を込めた。

「う……壱生さん……ですね」

「そうだ。いい子だな」

 まるで小さな子に言うようなセリフだが彼に言われると嫌じゃない。

 壱生は少しずつ進みながら先ほどの純菜の質問に答え始めた。

「実はこのあたりに昔、住んでたんだ。今はもう実家はないけど、小さい頃さっきの子供みたいに、ああやって走ってここに来てた」

「え、知りませんでした。じゃあ思い出の地ですね」

「ああ、二十五日が毎月楽しみで仕方なかったな。あのころは」

 懐かしそうに周りを見渡す壱生。柔らかいその表情を見て純菜も笑みを浮かべる。

「どんな子供だったんですか?」

「ん~ひとことで言うと、やんちゃ。人の話なんて全然聞かないタイプ」

「ふふふ……今とあまり変わりませんね」

 思わず笑う純菜に、壱生は不満顔を見せる。

「そんなことないだろ。人の話が聞けなきゃ、イケメン弁護士だなんて言われてない」

「自分で言っちゃうのが壱生さんらしいです」

「俺が思ってるだけじゃない、純菜だってそう思ってるだろ」

「ふふふ、そうですね」
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