天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 元気だって言ってるんだから、それを信じるしかないよね。

 目の前を通り過ぎた白いポメラニアンに、ピッピの姿を重ねながらそう思う。

「純菜、どうかしたのか?」

「ううん、なんでもない」

 吹っ切るように頭を振った純菜は駅に向かって歩いた。


「うーん、どうしよう」

 お昼、純菜はお弁当をひろげたままスマートフォンの画面をじっと眺めていた。

「なに、何悩んでいるの?」

「え、口に出ていましたか?」

「うん」

 目の前にいる葵がくすくすと笑っている。どうやら気が付かないうちに独り言を口にしていたようだ。

 葵は純菜の向かいの席に腰を下ろしてコンビニのおにぎりを頬ばった。

「で、何があったの?」

「えーっと」

 相談するかどうか悩んだけれど、ひとりで悩んでいても仕方がない。葵ならばよいアドバイスがもらえると思い相談することにした。

「か、彼氏のお誕生日のお祝いをですね」

「あー鮫島先生? 確か五月五日だよね誕生日。こどもの日とか笑う」

 彼氏と濁したのに、壱生の名前を出されて恥ずかしくなり慌てる。

「あの、大きい声で言わないでください」

「ごめん、ごめん。でももう今さら隠したとこで、じゃない?」

 純菜が先輩に非常階段に呼び出されたとき、壱生が助けに来たことがすでに所内に広まっていた。そこからふたりが付き合っているということは周知の事実となっていた。

「そうかもしれませんけど……あまりよく思っていない人もいるので」

「そうよね、矢吹さんを狙っていた人たちなんて本当にがっかりしてたわよ。相手が鮫島先生だと知って戦意喪失していたわ」

 葵の言葉に違和感を覚えて尋ねる。

「あの、鮫島先生じゃなくて、私?」

「あら、そうよ。知らなかったの?」

「はい……」

 そんな話聞いたこともないし、誰からもアプローチを受けたこともない。

「本当に鈍いのね。びっくりしちゃった。でも仕方ないわね。鮫島先生が全部ガードしてたもの」

「え。どういう意味ですか?」

「あぁ、本当に鮫島先生かわいそう。本当に報われてよかったわ~。矢吹さんを狙ってそうな男性は片っ端から牽制していたもの。だからまあ、気が付かなくてもしかたなかったのかも」

 そんなことがあったなんて。うれしいけれど恥ずかしくて純菜はそれ以上何も言えずに赤い顔をしてそれをごまかすように目の前にある弁当を口に運んだ。
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