天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 からかわれているのはわかっているけれど、好きな人からの言葉はどうしても真に受けてしまう。

 純菜は今日も壱生の言葉に照れながらも幸せを感じていた。


 東京を出発して一時間半。到着した箱根湯本の駅に降り立った純菜はいつになくはしゃいでいた。

「壱生さん、あっちみたいですよ。私ちゃんと調べてきたんで」

「わかったから、そう急ぐなよ。転ぶぞ」

 純菜のはしゃぎっぷりに苦笑を浮かべた壱生だったけれどまんざらでもないようだ。

「箱根くらいなら俺が運転したのに」

「それじゃ、誕生日旅にならないじゃないですか。今日は私が全部やりたいんです。まあ、運転できればいいんですが……」

「あぁ、まだ死なせたくないから運転はやめておこうな」

 以前純菜が事務所の車を運転しようとしたのだが、あまりにもおぼつかなく命の危機を感じた壱生がそれ以降は運転禁止令を出していたのだ。

 だからふたりは今も目的地に向かいながら歩いていた。

「まずは彫刻の森美術館に行って、それから……えーっと」

「焦らなくていい。ちょっと落ち着け」

「はい」

 たしなめられて少し赤くなる。今回の旅の目的はもちろん壱生に楽しんでもらうためだ。しかし純菜にとっても彼氏とはじめての旅行だ。そうなると自然とはしゃいでしまう。

 少し落ち着こうと深呼吸をしながら次の目的地の美術館を目指した。

 ゴールデンウィーク真っただ中とあって、観光地の箱根はひとであふれかえっていた。けれど普段分刻みのスケジュールをこなしている壱生にとって時間を気にせずにゆっくりと過ごせるとあってリラックスしていた。

 美術館からはじまりロープウェイに乗り大桶谷で黒いゆで卵を食べたあと、海賊船から富士山を見た。

 絵にかいたような観光スポットを巡り気が付いたときにはホテルのチェックインの時間になっていた。

 壱生のリクエストはふたりでゆっくりしたいと言うことだったので、宿は奮発した。

 そのかいあってヒノキの露天風呂付の部屋はとても立派でふたりで過ごすには広すぎるほどだ。

 作りは和洋折衷で部屋の一角には畳が敷いてありゆっくりと足を延ばして座れるようになっていた。

 ソファやベッド、リネンも落ち着いた雰囲気で部屋にマッチしている。なんといっても広いテラスにはヒノキ造りの露天風呂とカウチが置いてあり眺めが最高だった。
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