天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 脳内をのぞき見されたかのごとく、考えていることが筒抜けで驚いた。

「まあ、純菜が嫌だって言っても逃がすつもりはない。だから断る理由が早すぎるっていうことだけなら、考えるだけ時間の無駄だからすぐにサインして」

 壱生が万年筆を取り出して、純菜に差し出し握らせた。そのうえから自分の手を重ねる。

「君の残りの人生を俺にくれないか? 一分も一秒も無駄にしたくない」

「私、壱生さんを幸せにできますか?」

 まっすぐに彼の目を見て尋ねた。彼に愛されて自分が変わっていくのを感じた。

 けれどまだ自分に自信がるわけじゃない。本当に自分で大丈夫なのかと不安になってしまう。

「もちろんだ。純菜しか俺を幸せにできない。俺の幸せを願うならいつもそばにいてほしい。鮫島純菜として」

 彼の言葉が弱い純菜の背中を押す。手にしていた万年筆のキャップを取り妻になる人の箇所に丁寧に名前を書いた。

「ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」

 頭をさげた純菜を壱生強く抱きしめた。

 その瞬間に胸にあふれる幸福が満ちる。

「こちらこそよろしく。俺の奥さん」

 結婚なんて自分には縁のないのもだと思っていた。

 こんなふうに誰かに必要にされることのない人生なのだと。

 けれど壱生に会って人生が変わった。愛され愛する喜びを知り、また自分のことも少しずつ好きになれた。

「わたし、すごく幸せです」

「あぁ、俺もだ。最高のプレゼントありがとう」

 互いの額をこつんと合わせて見つめ合う。どちらからともなく幸せに満ちた満面の笑みを浮かべたふたりは、いつまでもくすくすと笑い合っていた。



「おーい。まだか」

「あの、やっぱりやめておこうかなって」

「ダメだ。俺の誕生日なんだからわがままきいて」

 わがままだという自覚はあるのね……。

 けれど誕生日だと特別な日だと言われると、断りづらい。覚悟を決めた純菜はバスタオルを巻いて露天風呂のあるテラスに出た。

 五月初旬。真夜中ということもありテラスの温度は低い。肌を刺すような冷たさにぶるっと体が震えた。

「早く来ないと風邪をひく」

 壱生の言う通りだ。恥ずかしさもあるけれど寒さにたえられそうにない。急いで湯船まで向かった。

「壱生さん、タオル取るので少し向こう向ていください」

「は? なんでだよ」

 不満そうに眉間にしわを寄せている。

「恥ずかしいんですよ。明るいし」
< 79 / 99 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop