天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
第五章 恋をして変わるもの
第五章 恋をして変わるもの
「矢吹……さん、じゃかった。鮫島さん?」
「あ、いえ。職場では矢吹のままでお願いします」
翌日、純菜はこのやり取りを何度も繰り返していた。
壱生の仕事の早さは理解していたけれどこんなときにまでその能力が発揮されるとは思わなかった。
箱根から東京に戻ってきたその足で、純菜と壱生は区役所に向かい入籍した。
「誕生日なんだから、俺の言う事を聞いてくれ」という壱生のワガママがこんなところでも発動したのだ。
どうしても誕生日に入籍したいと言い張って、そのまま区役所に提出してしまった。
そして翌日。朝いちばんに代表の元を訪れて入籍したことを伝えた。前回嘘をついていたときに「おめでとう」と言われ罪悪感を持ったが、今回は素直にお礼を言えた。
なんとかふたりでの報告を終えて、いつもの業務に戻りいつも通り仕事をした。
そして昼休み。純菜は箱根の土産を社内に配っていた。
「これ、お土産です」
まだ席に座っている人に声をかけて配る。
「あら、箱根。誰といったの?」
話し好きの社員に聞かれて、なんて応えようかと考えていると純菜の代わりかのように答える声がした。
「俺とです。な、純菜」
「えっ……」
な、なんでばらしちゃうの?
「楽しかったな、箱根」
「う、うん……?」
いやここで認めたら大変なことになる。職場に報告をいつにするかなんて相談していなかったけど、このタイミングはないんじゃないの?
すっかり代表にだけ前もって知らせるものだと思ってた純菜は、壱生の発言に目を白黒させた。
「あら、ふたりもしかして、付き合ってるの?」
女性社員の顔が好奇心に満ちる。
純菜の頭の中は真っ白でどう答えたらことを荒げずに済むのか考えたけれど何も思いつかなかった。
「いや、付き合ってないですよ」
「え……」
まさか壱生が否定するとは思わず、混乱してきた。
「あら、そうなの?」
「えぇ、結婚したんです。昨日」
壱生はキラキラと輝くオーラをまとって、にっこりと微笑んだ。あまりにもさらっと爆弾発言をしたので相手もあっけにとられている。
「あら、そう……ふーん」
今ので納得したのかな?
女性社員の様子を眺めていると、だんだん我に返ってくる様子が手に取るように見えた。
「え、結婚って鮫島先生と矢吹さんが?」
「ええ、そうなんです。な?」
なんとも軽く同意を求められて、だまったまま頷くしかできなかった。
周囲も話を聞いていたせいで、騒めき始める。
まさかこんな形で知られるなんて。