天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 ふふふと言う笑い声が聞こえて、少しほっとした。しかしその直後電話口から電話の音が聞こえる。これは病院の代表電話だ。

『あぁ……まただわ』

 診療時間はとっくに終わっている二十二時。時々急患を見ることもあるが、美帆のセリフから急患の電話ではないことがわかる。

『母さん、私がでるから』

 後ろから父親、宗則の声が聞こえる。

『いい加減にしなさい』という怒気を孕んだ声が聞こえた。その後またすぐに電話の着信音が響く。

「ねえ、お母さん。いったいどうしたの? もしかしてSNSのせい?」

『知っていたの?』

 美帆に聞かれてスマートフォンにメッセージが届いて心配になって電話をしたと伝えた。

「大丈夫なの?」

 そう聞くことしかできない。今のようないたずら電話が一日中鳴り響いていたら診察にも支障が出たにちがいない。

『今日はもうずっとなのよ。病院のメールアドレスにもよくわからないメッセージが何通も届いたり』

「そんな……ひどい」

 両親もそこそこの歳なのでSNSなどには詳しくない。口コミサイトのひどいコメントは見ていないようで、そこだけは安心した。

『お父さんが心配するから純菜や、壱生君には言うなって』

「でもこれ普通じゃないよ。こんなの」

 そう言っているうちにまた電話の音が鳴り響く。

『まただわ……もういや』

 いつも気丈な美帆。しかし今回はそうとう精神的に参っているようだ。

「なんでこんなことに」

 美帆に聞いても心当たりはないと言うことだ。

『明日警察に届け出るつもり。だから壱成君には言わないで。彼にはこれ以上私たちのことで迷惑をかけたくないから』

 以前借金のことで壱生に助けられた両親だったが、こう立て続けに娘婿に迷惑をかけるのは気が引けるようだ。

「お母さんがそういうなら、そうするけど。でも何かあったら絶対力になってくれるよ」

『そうね。とりあえずこちらは何とかするから。純菜あなたも元気でね』

 電話が切れたあと、純菜は必死になってSNSを読み漁る。

 実家の動物病院の名前で検索すると、ものすごく悪意に満ちた内容が書かれている。宗則や美帆の診療や対応に落ち度があるのであればこういった書き込みをされても仕方がないのかもしれない。

 しかしどれも言いがかりとしか言いようのない内容だ。

 病院の外観、住所、電話番号が書かれていて抗議を促す書き込みもあった。
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