天敵弁護士は臆病なかりそめ妻を愛し尽くす
 両親がどんな思いであの動物病院をやっていたのか、純菜は知っている。彼女にとって自慢の両親だ。そんなふたりの傷つくことを想像すると、胸が苦しくなった。

 まずは警察にというけれど、すぐに動いてくれるのだろうか。

 こういうときこそ壱生に相談するべきだと思うが、彼は今大きな仕事のために出張中だし、なによりも両親から言わないようにと釘をさされている。

「私には……なにもできない」

 自分の無力さにいら立ちと悲しみが胸の中に渦巻く。

 膝を抱えて心のもやもやに耐える。こんなときに壱生がいてくれればと思うが、自分の実家のことで何度も迷惑をかけていいのかと相談することもためらわれた。

 どうしたらいいの……。

 考えがまとまらず、気持ちの整理もつかない。その日純菜は眠れない夜を過ごした。

 壱生が出張から帰ってくる日。

 気持ちが不安定な純菜は、彼の帰りを待っていた。相談できずとも顔を見れば元気がでるような気がしたからだ。

 しかし壱生は東京に戻って来たものの、急ぎの案件対応のためにそのまま事務所で深夜に及ぶまで仕事をしている。純菜も手伝いたいと申し出たが断られた。

 布団に入って時計を見る。さっきからまだ十五分しか経っていない。起きて待っていたいが、それをすると壱生がなにかあったのかと心配するだろう。

 疲れているのに眠れない。

 早く帰って来て。

 それと同時にリビングに人の気配がした。壱生が純菜を起こさないように静かに返ってきたようだ。

 すぐに寝室の扉が開いて彼が顔を出す。ゆっくりとベッドに近づてくると彼は純菜がまだ起きているのに気が付いた。

「なんだ、まだ起きてたのか?」

「うん。待ってたの」

 外からの漏れる明かりだけが寝室を照らす。壱生からは純菜の顔はほとんど見えていないはずだ。

「明日も早いんだろ。早く寝て」

 ネクタイを緩めながら、純菜の顔に手を伸ばす。少し冷たい大きな手のひらに純菜は自ら手を摺り寄せた。

「壱生さん」

「ん?」

「一緒に寝てくれませんか?」

 帰って来たばかりでまだネクタイさえ外していない相手に言う事ではないとわかっている。けれど純菜は我慢できなかった。

「わかった。眠るまで傍にいてやる」

 壱生はベッドに入ると当たり前のように、純菜の首元に自らの腕を差し入れた。そして反対の手で彼女を抱え込むようにして抱きしめる。
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