夜を越える熱
大丈夫です、一人で行きますから。


そう言ったのに高松は一緒に行くと言ってきかなかった。

藍香一人が厳しく叱られてはと思って高松は来てくれたのだと思うが、藍香にとってむしろそれが自分をみじめにさせる。


忘れようと思っている相手から優しくされ、さらに迷惑をかけている……そう思うと情けなさで胸が潰れそうになってしまう。






部長室は上のフロアの一角にあるという。普段藍香が通るようなところではなく、こんなところにあるんだ、と思いながら高松の背の高い後ろ姿についてエレベーターを降りた。その背中を見るのも辛くて、視線は床に落ちる。



「顛末書、作成した?」
「はい」
「………課長も係長もよってたかって河野のせいにして。こんな大事にして騒いで。どうかと思うよ。人がするミスなんだから想定できるだろうにね。俺は納得いかない」

面倒見が良くて優しい人だと思う。高松のそんなところも好きだった。


「いえ、私がぼんやりしてミスしたのは間違いないので」
「だからって河野一人の責任か?ミスくらいでシステムに障害が起きるなら、そうならないようなシステムにしろって話だよ」


隣に並ぶ高松にフォローされても、藍香はますますみじめな気分になっていくことに気が付く。




─高松さん、私のことは放っておいて欲しかった……。一人でもちゃんと部長に説明して謝るし、高松さんに迷惑かけたくない。もうあなたとは離れなきゃ……、忘れるために。


部長室を知る高松は来たこともない部署の中へ入っていく。この部署の奥に部長室があるらしい。

知らないところへ来た上に、今から顔も知らない部長に説明して謝るのだと思うと緊張する。

奥の方にある部屋の扉が閉まっているのを見ると前を歩く高松は立ち止まった。


「……閉まってるな。取り込み中かもしれない」

閉まっている、ということはいつもは開いているという意味だろうか─とにかく課長に言われたからには早く部長に謝ってこの件を終わらせたい……


藍香がそう思ったとき。




「部長にご用でしょうか」

後ろから声がした。

振り返ると、部長室のあるこの部署の職員らしき男性がいた。

「はい。藤崎部長は今お忙しいですか?」

高松が言うと、

「ご要件はどんな内容でしょうか」

男性に問われ、うつむきながら藍香は顛末書をちらりと見せた。

「こういった件で…ご説明にあがりました」


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