夜を越える熱
「でも」
高松が何か言いかける。
「河野さんにお咎めを受けさせなければ藤井課長はどうしても納得しないみたいだからね。そうしてくれ」
しばらく考えた末、高松は分かりました、と部屋を後にした。
残るは藍香一人。返された顛末書を持ちながら、何か叱責を受けるのかと考える。
「そのへんに座れよ。あと10分くらいしたら戻ればいい。それで課長の気が済むんだろうからな」
それだけいうと藤崎部長の目は伏せられ、さっきまで見ていた手元の書類へと移る。
─あと10分したら…?それで終わり?
狐につままれた気分で、言われるがままにそこにあった椅子に腰掛けた。
どうしたらいいか分からず、ぐるりと一度部屋を見回す。
静かな時間が流れる。……
てっきり責められると思ったのに、この静かで穏やかな空気は何だろう。
藤崎部長に視線を移した。部長は黙って手元の書類を読み込んでいる。藍香の方を気にするそぶりもない。ごく自然に同じ空間にいる、そんな感じた。
「あの……」
部長の目がこちらを向く。今井も聡明な顔つきをしていたが、この人も何か違う。数ある役職の中でも課長以上になる人はごく少数だ。何かが他の人と違うのだろうと感じさせる。
課長はあんなに激怒していたのに、部長からはこの件でも一切お叱りもないとは。
「私はお咎めを受ける……のではないのでしょうか?」
さっきの藤崎部長の言葉を思い出してそう尋ねる。
「河野さん。…だからそう見えるようにしただろ?システム改変の話は私から再度課長に申し伝えておく。……ああ、ただ座ってるのが辛いのか。こんなところまで来さされたんだからな。……そこに飲み物があるから好きな物を取って飲むと良いよ」
視線で指された先、部屋の向こうの見えにくいスペースには小さな給湯室と冷蔵庫があった。
気がつけばずっと気を張っていた一日で喉はからからだった。けれど急にそう言われたもののすぐには動けずにいる藍香を見て藤崎部長は言った。
「じゃあ、私に何か良さそうな飲み物を取ってくれるか。何でもいいから」
「はい……」
立ち上がって小さな冷蔵庫を開ける。いくつかのペットボトルなどの飲み物が並べられていた。部長ともなると来客も多いだろうから、お客さん用のものもあるのかもしれないな、と藍香は思う。
何が良いか迷った末、その中から藍香が好きな種類の冷えたお茶のペットボトルを取り出し、部長のところへ持参した。
「どうぞ……」
近くで見る藤崎部長は、精悍な顔つきをしていた。全体的にバランスの取れた造り。若い頃はさぞかし美しい男性で、女性が放っておかなかったのではないかと思う。今でもその面影は十分にあった。
ふいに置かれたペットボトルはそのままこちらに押し出された。
「これを飲めよ。一息ついたら帰りなさい」
高松が何か言いかける。
「河野さんにお咎めを受けさせなければ藤井課長はどうしても納得しないみたいだからね。そうしてくれ」
しばらく考えた末、高松は分かりました、と部屋を後にした。
残るは藍香一人。返された顛末書を持ちながら、何か叱責を受けるのかと考える。
「そのへんに座れよ。あと10分くらいしたら戻ればいい。それで課長の気が済むんだろうからな」
それだけいうと藤崎部長の目は伏せられ、さっきまで見ていた手元の書類へと移る。
─あと10分したら…?それで終わり?
狐につままれた気分で、言われるがままにそこにあった椅子に腰掛けた。
どうしたらいいか分からず、ぐるりと一度部屋を見回す。
静かな時間が流れる。……
てっきり責められると思ったのに、この静かで穏やかな空気は何だろう。
藤崎部長に視線を移した。部長は黙って手元の書類を読み込んでいる。藍香の方を気にするそぶりもない。ごく自然に同じ空間にいる、そんな感じた。
「あの……」
部長の目がこちらを向く。今井も聡明な顔つきをしていたが、この人も何か違う。数ある役職の中でも課長以上になる人はごく少数だ。何かが他の人と違うのだろうと感じさせる。
課長はあんなに激怒していたのに、部長からはこの件でも一切お叱りもないとは。
「私はお咎めを受ける……のではないのでしょうか?」
さっきの藤崎部長の言葉を思い出してそう尋ねる。
「河野さん。…だからそう見えるようにしただろ?システム改変の話は私から再度課長に申し伝えておく。……ああ、ただ座ってるのが辛いのか。こんなところまで来さされたんだからな。……そこに飲み物があるから好きな物を取って飲むと良いよ」
視線で指された先、部屋の向こうの見えにくいスペースには小さな給湯室と冷蔵庫があった。
気がつけばずっと気を張っていた一日で喉はからからだった。けれど急にそう言われたもののすぐには動けずにいる藍香を見て藤崎部長は言った。
「じゃあ、私に何か良さそうな飲み物を取ってくれるか。何でもいいから」
「はい……」
立ち上がって小さな冷蔵庫を開ける。いくつかのペットボトルなどの飲み物が並べられていた。部長ともなると来客も多いだろうから、お客さん用のものもあるのかもしれないな、と藍香は思う。
何が良いか迷った末、その中から藍香が好きな種類の冷えたお茶のペットボトルを取り出し、部長のところへ持参した。
「どうぞ……」
近くで見る藤崎部長は、精悍な顔つきをしていた。全体的にバランスの取れた造り。若い頃はさぞかし美しい男性で、女性が放っておかなかったのではないかと思う。今でもその面影は十分にあった。
ふいに置かれたペットボトルはそのままこちらに押し出された。
「これを飲めよ。一息ついたら帰りなさい」