夜を越える熱
20時まで残業し、片付けを終えロッカーで私服に着替える。黒のシースルーワンピース。今朝は元気が無かったので、格好だけでもとお気に入りの服を選んで来た。


バッグからメモを取り出すと、渡された番号に電話をかけた。


コール音。……2度、3度……4度目に電話を介した今井の声がした。


『今井です』

「河野です。今から帰るけど……」

『分かった』

20分後、金曜日に今井と出会ったレストランバーに来るように言われた。




─あのバーにまた今井さんと行くことになるとは思わなかった。今井さんとはもう二度と会わないと思ってたから…。彼もきっとそう思っていたはず。……きっと昼間の話かな。


そんなことを考えながら、ふと職場にハンカチを忘れたことを思い出した。


急いで取りに戻ってからバーに向かおう。



そう思って事務室まで戻った。デスクの上に忘れたハンカチを手に取る。


「河野。大丈夫だったか?今日」

後ろからかけられた声が松岡のものだとすぐに分かった。部長室に藍香が一人残され、部長室から戻ると松岡は打ち合わせに出ていて不在だった。



「大丈夫です。全く責められたりしませんでしたから」


後ろに立つ松岡。

「そうか。それなら良かったよ。……かなり心配したんだ」


「ありがとうございました。でも本当に、部長には何も言われませんでしたから」

松岡は心配そうに藍香を見た。


……その瞳に自分が映っていることに急に耐えられなくなる。


「…本当に大丈夫か?」

「もちろんです。私は何ともありません。一つ勉強になりました」

藍香は笑って見せた。



「そう思えるのは偉いな。何か上手いものでも食べさせてやりたいところだけど……」


以前松岡とペアを組んでいた時、出先でお昼を一緒に食べたりしたことがあった。松岡としては特に意識もしていなかっただろうが、藍香には忘れられない思い出だ。


しかしもう、そんな事をするべきでないと自分では分かっている。松岡にとっては何でもない同僚との食事でも藍香にとってはそうではない。


「いえ、そんな。私は全然平気ですし、今日は用事があるので、お気持ちだけ。ありがとうございます」


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