夜を越える熱
バーに到着し、金曜日のあのテラス席にスーツの今井の後ろ姿があった。

「……その顔」


振り向いた今井に指摘される。
ひどく消耗した表情をしていたと思う。

藍香は黙って今井の隣の席に座った。

「……何か食べる?」


藍香は首を振る。空腹だった気がするが帰り際の松岡のことでそんな気分でもなくなっていた。

「少しだけ飲むね」

藍香はアルコールを注文して黙り込む。



「部長の部屋から出てきたときは嬉しそうにしてたのに。職場で何かあった?」

鋭い今井に首を振る。

「何でもない……。それより今井さん、私を呼んだのは何で?藤崎部長のこと、相談させてくれる気になった?」


夜の闇の中、黒いドレスのようなワンピースを着ている藍香の肌が白く浮かび上がり、(なまめ)かしく見える。


「……さっき。部長と何を話した?」

「今回の件での私なりの改善策と思えるものを案として持って行ったの」

「そしたら?」

「これを私に示すより他にもやるべきことがあるだろうって。…だから、その改善策の話は課長にも提案しますって言ったの」

今井は黙ってじっと藍香を見ている。

「そしたら、話をした結果を持って来るようにって。でも結果につなげる自信がなくて。経過報告に来ていいですかって聞いたら、経過は要らないって言われた。でも、ぜひ報告に来たいんです…って伝えたの。そしたら少し笑ってた。手が空いてればいいよって」


今井の瞳が一瞬変わった気がした。


「……藤崎さん、最初私には期待していなかったんだって。でも、報告を待つって。…良い結果、出せるか分からないけど。課長は私にかなりお怒りだし。話聞いてくれないかもしれない。……でも藤崎さんのところには行く口実が出来たよ」


「……分かってるか?藤崎さんは部長だよ。職員とは階級が違うんだ。年齢だって河野さんとはだいぶ違う」


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