夜を越える熱
夜の風が耳元を舞う。

高層階の空を自由に流れる風が、ぬるく二人の周りをかすめていく。








気が付くと今井に抱き寄せられていた。




驚きのあまり藍香の中で時が止まる。



抱きしめられる固いスーツの感覚。耳元で声がする。


「………俺がそこから連れ出そうか。その地の底から助けだせるように」
 

次第にその腕に力が込められていくのが分かった。




「…どう見えてるのか知らないけど、俺は良い人なんかじゃない。……藍香のことが欲しくなった」



無理矢理に唇を重ねられた。

唇が触れるだけのキス。……にも関わらず、じわりと甘い感覚が身体を走り、藍香の身体を支配していく。


「…い…今井さん、私…」


戸惑いの中で身をよじった。塞がれていた唇が今井のそれから離れる。


「俺のことをそんな風に見てなかったの知ってるよ。……藤崎さんのことしか考えてなかったよね」


逃れられない今井の腕の中。



それから先は何も言われなかった。






ただ黙って抱き締められたまま、──



時が過ぎて行く。






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