夜を越える熱
「……俺、いつの間にきみのことを」


藍香を抱き締めたまま呟くような声がした。


強い抱擁は解かれ、藍香は自由になる。至近距離で感じた今井の引き込まれるような香りは遠ざかった。


「……まだ辛いんだろ。……そんな藍香と藤崎さんじゃ釣り合わない。……やめておけ。今のうちに」



風が鳴る。
さっきまでの抱擁の甘さとは対照的な言葉が紡がれる。


「報告をしに藤崎さんのところに行く約束をしたもの……」


「そんな約束は無かったことにすればいい。別に藤崎さんはそれについて何も言いはしないよ」


「藤崎さんにやっぱり河野は期待外れだったって思われたくないの」

「期待されてどうする?藤崎さんの期待に応えられるのか?俺みたいに、担当外の仕事も、本来課長がするような仕事も任されて、藍香は期待以上の結果を出せるの?」


返事が出来なかった。


「言っておくけど、藤崎さんは期待通りの結果じゃ評価してはくれないよ。あの人はいつも期待以上の結果を持ってくることを求めてるんだ」



「なんでそんな事を今井さんに言われなきゃならないの……」


脈打つ胸を押さえて藍香は目の前の強い瞳に答えた。




傲慢(ごうまん)だと思う……だから諦めろ、俺のところに来いって言うの?」


「……そうだよ。……俺のところに来ればいい。叶わなかった恋の後悔や傷なんかすぐに忘れさせてやるよ」






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