夜を越える熱
男性は黙って夜景を見ている。黙っていても話を聞いてくれているのが何となく伝わる。


「……言えなくて良かったかも。言ったところで、自分が傷付くだけだから。それに長年の片想いなんて、しつこすぎて笑えます」


もう会わない人だからこそこんな話が出来た。友人の美桜にさえこの話はしていない。見込みのなさそうな片想いの話をずっと話せなかった。


この男性には暗い話をしたけれど、知らない人だから嫌われてもいいかなと思う。


でもこんな楽しいはずの場でこんな話をしてしまい、申し訳ない気持ちも芽生えてちらりと隣を見た。


「……部外者の俺からのコメントは控えておこうと思うよ。……でもさ、傷付くから言わなくて良かったって言ったけど、言わなかったからこそ傷付いてると思うけど」


意味が分からなかった。


「言えなくて終わったことで、むしろ傷付いてるよね。もう良いんじゃない、独り相撲とか自滅とか、自分にそんな言い方しなくても」


男性はゆっくりとこちらを向いた。聡明な瞳が夜の闇の中でかすかに光る。


「そんなに一人の人を思えるのは能力だよ。……人を愛する能力だ」






何のことか。



理解出来なかった。この人はさっきから何を言ってるんだろう。


言わなかったから傷付いている、とか、人を愛する能力だとか。


呆然と聞いていたが、急に藍香の中で何かが弾けた。




「…………最後だったのに、……最後だから、必ず言おうと決めてたんです……」


小さな声で本音をつぶやくと、涙が溢れてきた。

行き場のなくなった想い。行き場のないまま、終わりを迎えてしまったことに激しく胸が締め付けられた。


「言ったところでどうにもならないけど、自分の気持ちを伝えれば良かった。……それだけで良かったのに」



手で顔を覆う。



もう彼と二人きりになる機会もない。結婚するのだと聞いた彼に、この思いを伝えることは二度とないだろうと自分で分かっている。







「……もう少しだけ、勇気が出れば良かったね」



穏やかな声がする。


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