淡く、幼く、頼りなくて、あっけない
卒業式のあと、最後のホームルームが終わり、みんなが続々と帰って行く。わたしも真っ直ぐ帰ろうと思ったけれど、音楽準備室に自分の楽器を置いていたことを思い出し、一人輪を離れた。そのときだった。
「ちょっと」とぶっきらぼうな声が聞こえて振り返る。そこにいたのは聡志だった。驚いて「あ」だの「え」だの、返事とは言えないような言葉しか出てこない。
聡志はそれを気にすることなく、ボタンのついていない学生服の隙間に手を突っ込みながらこちらに歩み寄り、わたしの前まで来ると、シャツのボタンを雑に取り外し、それをわたしに差し出したのだった。
反射的にボタンを受け取ったわたしに、聡志は「じゃあな」とぶっきらぼうに言って、踵を返して行ってしまった。残ったのは、茫然とするわたしと、白い糸くずがついた半透明の小さなボタンだけ。
廊下で立ち尽くしていたわたしを見つけた友だちが「どうしたの?」と声をかけて来たけれど、なんでもないよ、と答え、小さなボタンを隠すように握り締めた。
こうして、きっとそのうち忘れてしまうと思っていた淡い恋は、思いがけず小さなボタンに姿を変え、十年以上、勉強机の中で過ごすことになったのだった。