ロゼに溺れた熱帯魚

クゲール

　羽田から三時間のフライトの末、降り立った日本の南国沖縄。那覇空港から一歩出ると冬特有のカラカラに乾いた本州の空気とはまるで違う、湿気を含んだ生ぬるい風が吹いていた。
　空港の出口に飾られたモミノキがその風に揺らいで、吊り下げられたオーナメントのデコレーションボールがキラキラと光を反射している。

「あれは玉《クゲール》って言うんだって。ドイツ語らしいよ」
　あの人はいつだったか電話口でそう言った。
　ちょっと関西訛りの標準語。彼は関西の人だから、訛りがあるのは全然構わないのだが、出来るだけ訛りを消して話していた。京都訛りの柔らかな関西のイントネーションは耳に優しくて、関東生まれの萌奈《もな》からすると珍しいし、とても好きなのにと残念でもあった。

「クゲール？　どうして知ってるの？」
　哲は物知りだ。多趣味だし、それになんだかいつも機嫌がいい。
「なんとなく？」
　返答は決まってぼんやりとのらりくらり。萌奈はそれでもいいと思う。なんでもはっきりさせたがる自分とは正反対の性格、哲はなんでも丸く丸くことを収めていく。
　始めこそ答えをはぐらかされて、悶々としたりもしたが、慣れると質問しても答えはないものだと思うようになり、気にならなくなっていった。
　哲はよく答えた後に唐突に鼻歌を歌い出す。それはなに？　と聞くと、電話を切った後その曲のリンクがスマホに飛んでくる。マメさも萌奈にはないから、見習うべき点だと思ったりしていた。