ロゼに溺れた熱帯魚
沖縄
 古い思い出から醒めて、持っていたライトダウンジャケットを丁寧に丸めて袋に閉まった。東京はこの薄手のダウンではとても足りないくらい冷え込んでいた。
 今年はクリスマスに珍しく雪マークがついているのを出発前にニュースで見た。それなのに沖縄と言ったら、はぁっと息を吐いても白くならないし、湿気を含んだ空気は本州の梅雨時期にそっくりだったりする。すれ違う人々は薄着でシャツ一枚と言った具合。萌奈は仕事に来ているからスーツ姿だった。沖縄に着いたばかりの旅行客は厚着をしていて、外に一歩出ると着ているものをどんどん脱いでいく。日常を脱ぎ捨てるんだわ。と、一人思って、これから仕事の自分はまだスーツを脱ぐことが出来ないのが残念だったりする。

 横断歩道を渡り終えると、引いていたスーツケースが段差に引っかかった。パンプスで踏ん張り、ちょっとだけ力を入れて引くと再び円滑にコロコロと車輪が回り出す。レンタカー会社の出している黄色の旗が目印。バインダーと無線を持った受付係の若い女性の頭にはサンタ帽。着ているのは半そでのかりゆしウエア、鮮やかな青は今日の空と一緒。サンタ帽子と半袖と、夏のような青空。ミスマッチに感じるのは沖縄に到着したばかりのせいで、いつも数時間で沖縄のアレコレに脳がゆっくり馴染んでいく。

 レンタカー会社のバスに乗り、空港近くの支店まで連れていかれると手続きを済ませ、借りたヴィッツに乗り込む。エンジンをかけ、スマホのBluetoothを繋ぐと懐かしい曲が流れて来た。

 *
「その曲好き」
 電話の向こうで曲が流れていて、哲がそれに合わせて歌っていた。歌っているときも優しい声音。それがハードロックでも変わらないのがちょっとだけ笑える。
「俺、最近これがお気に入り」
「うん」
「萌奈さんも好きになった?」
 哲が問う。
 うん、とっくにね。哲が選ぶ曲、哲が話す話題、哲が好きなバイク、何だって好きだ。たとえ一度しか会っていない間柄でも、何もかも好きだった。

「聞いてる?」
「あ、うん。聞いてるよ」
「寝落ちたのかと思った」
「まさか! 哲さんじゃあるまいし」
 萌奈の返事に気を悪くするでもなく哲が電話の向こうで笑う。
「昨日も俺寝てた?」
「うん。途中からあなたの寝息と話してた」
 二人揃って笑い合う。

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