さよならと誓いのキス
本編
1
「おはよう、今日もよろしくね」
朝8時過ぎ、出社してくる社員さんが増えてくる中、諏訪原琴乃に必ず声を掛けてくる人がいる。一般社員なのか役員か琴乃にはよくわからなかったが、ただの清掃員にまで声を掛けてくれる奇特な方と認識していて、別に嫌な気持ちも無いため、挨拶を返していた。その程度の認識だったのに、ある時を境にそれが変わった。
給湯室の清掃をし終えて道具を廊下で片付けていた時だ。女性社員二名がドタドタとやってきた。会話から、お茶の支度をするのだとわかり、琴乃はホッとした。
――ちょうど掃除が終わったところでよかった、きれいな状態で使っていただける。
そう思ってワゴンを押した時、何かが落ちる音に続いて小さな悲鳴が聞こえてきた。火傷でもしたのかしら、と立ち止まったが、すぐに笑い声が上がった。
――茶葉か何かをこぼしたのかな。それならよかった。
ホッと息を吐いてワゴンに向き直り、角を曲がって聞こえてきた会話に耳を疑った。
「さっき掃除のおばさんがいたじゃん。あの人にやらせればいいよ」
「だよねー、あたしたち綺麗どころは掃除なんかやって手が荒れたらたいへ〜ん……あれ、もう居ないよ」
「逃げたかな。まあいいか、明日まで置いとこ。掃除してなかったのかーって叱られるのはあの人だもん」
――え? 意味がわからない。
自分で茶葉をこぼしたならかき集めて拭くくらい造作もない事で、その為の布巾だって、そういう物を捨てるゴミ箱だって用意してある。そして、そのくらいの事、無駄口を叩きながらでも可能なはずで、それをしない事を堂々と声に出している。しかも、おばさんと呼んだ。彼女たちからしたら年上かもしれないが、琴乃はまだ26歳だ。おばさんと言われる年齢でもない。色んな意味で衝撃を受けた。
朝8時過ぎ、出社してくる社員さんが増えてくる中、諏訪原琴乃に必ず声を掛けてくる人がいる。一般社員なのか役員か琴乃にはよくわからなかったが、ただの清掃員にまで声を掛けてくれる奇特な方と認識していて、別に嫌な気持ちも無いため、挨拶を返していた。その程度の認識だったのに、ある時を境にそれが変わった。
給湯室の清掃をし終えて道具を廊下で片付けていた時だ。女性社員二名がドタドタとやってきた。会話から、お茶の支度をするのだとわかり、琴乃はホッとした。
――ちょうど掃除が終わったところでよかった、きれいな状態で使っていただける。
そう思ってワゴンを押した時、何かが落ちる音に続いて小さな悲鳴が聞こえてきた。火傷でもしたのかしら、と立ち止まったが、すぐに笑い声が上がった。
――茶葉か何かをこぼしたのかな。それならよかった。
ホッと息を吐いてワゴンに向き直り、角を曲がって聞こえてきた会話に耳を疑った。
「さっき掃除のおばさんがいたじゃん。あの人にやらせればいいよ」
「だよねー、あたしたち綺麗どころは掃除なんかやって手が荒れたらたいへ〜ん……あれ、もう居ないよ」
「逃げたかな。まあいいか、明日まで置いとこ。掃除してなかったのかーって叱られるのはあの人だもん」
――え? 意味がわからない。
自分で茶葉をこぼしたならかき集めて拭くくらい造作もない事で、その為の布巾だって、そういう物を捨てるゴミ箱だって用意してある。そして、そのくらいの事、無駄口を叩きながらでも可能なはずで、それをしない事を堂々と声に出している。しかも、おばさんと呼んだ。彼女たちからしたら年上かもしれないが、琴乃はまだ26歳だ。おばさんと言われる年齢でもない。色んな意味で衝撃を受けた。
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