いけすかない男
『お疲れ様です。佐々木です。今終わりました』
『お疲れ様。会社のそばのカフェで待ってるよ』

 遠くからでもすぐにわかった。テラス席でカップを傾ける市原は、確かに絵になる。
 そんな市原に近付き声をかけた自分に対しての周囲の反応に驚愕した。
 ――そういうことか。
 やはり市原は会社だけではなく、どこにいても人を惹き付ける魅力を持っているようだ。
 そんな視線を横目に、京香は言った。

「お待たせしました」

 そして優越感に浸った。

「まだちょっと早いけど行こうか。勝手に店の
予約したけど良かったかな」
「あ、はい。何でも食べれます」
「いいね、その反応。誘い甲斐あるよ」

 市原はにっこり微笑んだ。

「あの……二人ですか?」
「え? そうだけど……嫌だった?」
「あ、いえそういう事じゃなくて」

 全く意図がわからない。必ず何かあるはずだ、と疑ってならない京香は、神経を尖らせて様子を窺っていた。
 他愛もない会話をしながら、数分歩いたところで到着したのは、雰囲気のいいイタリアンの店だった。
 会社の近くにこんなお洒落な店があったのか、と京香は店内を見渡した。
 席に着くと、市原は京香の方に向けてメニューを広げた。

「食べたいものある?」
「うーん……迷いますね」
「嫌いなものなかったら、何か適当に頼むよ。一緒につまもうか」

 リードする市原に好感が持てた。

「ここ、妻と何度か来たことあったんだ」
「へえ、そうなんですね。雰囲気良くてデートにはぴったりなお店ですね」

 言ってから、おかしな言い方をしてしまったか、と考えたが、市原は気にしている様子もなかった。

 会話を交わしていくうちに、京香の警戒心は少しずつ薄れていた――どころか、かなり楽しい時間を過ごしていた。
 市原は営業マンだけあって、話題も豊富で、コミュニケーション能力に長けていた。
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