いけすかない男
「あ、ちょっと喋り過ぎたかな。佐々木さん時間大丈夫?」

 時計の針は十一時を指していた。

「時間は大丈夫なんですけど、ちょっと酔っちゃったかも……」

 京香は上目遣いで市原の様子を窺った。

「ごめん、飲ませ過ぎたよね。タクシーで家まで送るよ」

 いつの間にか会計は済まされていた。
 何ともスマートでさすがだ、と京香は感心した。だが、心の中までは分からない。
 本当にこのまま自分を送り届けるのか、それともどこか別の所へ向かうのか――。
 大通りに出てタクシーを拾うと、横並びで座った。

「大丈夫? 寒くない?」

 市原は着ていたコートを脱ぐと、京香の膝にそっとのせた。
 軽快なトークを繰り広げていた先程までの市原とはうってかわって、紳士的な態度だった。その後は特に言葉を交わさず、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「あ、もう近くなのでこの辺で大丈夫です」

 京香が鞄から財布を取り出した。

「帰り道だから気にしないで。ここから一人で大丈夫?」

 市原は金を受け取らず、京香を気遣った。京香は丁寧に礼を言い、タクシーを降りた。
 何となく後味が悪いまま、京香はテールランプを見送った。
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