いけすかない男
「佐々木さん!」

 背後から名を呼ばれ振り返ると、市原が小走りでやってきた。

「やっぱり気になるから家まで送るよ」

 ――やっぱり。
 京香が勘繰っていた通りのようだ。
 市原は家に上がり込むつもりなのだろう。しかし、マンションの防犯は完璧で、エントランスには常駐している管理人もいる。何かあれば声を上げればいい。
 マンションのオートロックの前まで来ると、市原は京香の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」
「もう大丈夫なんで!」

 京香は強い口調で言った。
 実際大丈夫なのだ。京香はザルで、全く酔ってはいなかった。

「良かった。じゃあまた会社で」

 市原は安堵の表情を見せると背を向けた。

「え? どうやって帰るんですか?」

 咄嗟に聞いていた。

「さっきのタクシー待たせてるから大丈夫だよ」

 振り返った市原は来た方向を指差し微笑んだ。
 面喰らった京香は立ち尽くし、しばらく市原の後ろ姿を眺めていた。


 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一気に飲み干した。
 京香の心は罪悪感に押し潰されそうだった。
 ――ただのいい人じゃん。
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