いけすかない男
 たった一度の食事では、京香の疑念が完全に晴れた訳ではなかったが、もうそれを確かめる術もなかった。
 さすがに次はないだろう、と思っていたが、その日は案外すぐにやってきた。


「お疲れ様」

 駅のホームで声を掛けられた京香が振り向くと、市原だった。

「お疲れ様です。あ、市原さんもこっち方面だったんですよね」
「うん、そうそう」

 すぐに電車が到着し、二人は乗り込んだ。
 京香がこの間の食事の礼を伝えると、「楽しかったよ」と、市原からまさかの返答があった。

「俺、次の駅なんだ」
「え? あ……そ、そうなんですね」

 動揺していた京香はぎこちない返事をした。

「佐々木さん、明日は仕事終わり予定ある?」
「いえ、別に何も」
「じゃあまた飯誘ってもいいかな?」
「え? ……あ、はい」
「じゃあ明日、また連絡ちょうだい」

 市原は後ろ手で右手をあげ、電車を降りていった。
 誘い方に嫌らしさは全く感じず、その後の妙な間もなく、完璧なタイミングでの降車に、京香は感嘆の溜め息を漏らした。
 誘い方までスマートだ。きっと慣れているのだろう。またもや完璧な姿を見せつけられた。
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