いけすかない男
 料理も酒も堪能し、市原との会話も弾んだ。
 酒には酔っていなかったが、リゾートホテルのようなこの店の雰囲気に酔ってしまいそうだった。自分に彼氏がいたとして、こんな店に連れて来てもらえるだろうか、などと考えていた。
 前回の事もあってか、市原は終始京香の体調を気にかけた。

「そろそろ出ようか」

 市原に促されて店を出た。
 贅沢なひとときを過ごせて、京香は満足していた。

 二度目の食事を終えたが、市原におかしな言動は一切見られず、京香は肩透かしを食らった。恐らく今日はこのまま電車での帰宅になるのだろう。
 不意に、思いもよらぬ感情が芽生えた。

 ――もう少し一緒にいたい。

 京香は、完璧な市原がどんな対応をするのか試してみたくなった。
 少し先にラブホテルの電飾看板が見えていた。

「市原さん……。何か急にお酒が回ってきたみたいで……ちょっと休憩してもいいですか?」
「え、大丈夫? 歩ける? ふらつくだけならタクシーで送るけど、気分悪いならどっかでちょっと座って休む?」

 市原が心配そうに京香の顔を覗きこむ。

「そこでちょっと休んでいいですか?」

 京香はホテルを指差した。

「え? いや……あれホテルだけど」
「……わかってます」
< 9 / 13 >

この作品をシェア

pagetop