9度目の人生、聖女を辞めようと思うので敵国皇帝に抱かれます
一章 役立たずの聖女
「あのような妻は抱く気が起こらない。君の方がよほど魅力的だ」
地下聖堂からの帰り、聞き慣れた声を耳にしたセシリアは、慌てて柱の陰に身を隠した。
廊下の中ほどで、夫のエヴァンが、人目もはばからず女性の肩を抱いている。
ここエンヤード王国の誉れ高き王、エヴァン・アイロス・ルーファス・エンヤードは、太陽を彷彿とさせる金色の髪に深いグレーの瞳を持つ、稀代の美丈夫だ。
齢二十九、今までの人生では見ることのできなかった男盛りを迎えている。
「セシリアときたら、聖女の仕事もろくにせず、毎日どこで何をしているのやら。本当に使えない聖女だな」
「ふふ。陛下、そのおっしゃり方はあまりにも失礼ですわよ。仮にもこの国の正妃様なのですから」
肩を抱かれているのは、愛人のマーガレットだ。
艶やかな黒髪に目鼻立ちのくっきりとした美しい顔立ちの彼女は、エンヤード王国でも指折りの高位貴族、バスチス侯爵家の令嬢である。
鮮やかな深紅のドレスを身に纏っており、そこにいるだけで薔薇の花が咲き誇っているかのように華々しい。
「君が聖女だったらよかったのに」
残念そうに、エヴァンが言う。
同調するように、マーガレットがしおらしい声を出した。
「私もそう思いますわ。もしもそうでしたら、陛下の御心も御身体も、正々堂々お慰みできましたのに」
「君は心まで優しいのだな。セシリアとは大違いだ」
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