婚約破棄された聖女の食堂には、今日も溺愛の魔王と忍者がやってくる(ただし、交代で)〜コナモノ聖女は『お忍び』魔王のお気に入り
 午後の日差しが心地よい晴天。魔王の森の傍の馬車の停留所にて。
 私ヒイロ・シーマシーはいきなり、婚約者カスダル様に馬車から締め出された。
 貴族子息の嗜みである、魔王討伐挑戦遠征の帰り道だった。

「ヒイロ、お前婚約破棄な。ついでに用済みだからパーティから抜けてくれ」
「は……はあ?」
「だから、お前はもういらないって。追放な、追放。馬車も降りろよ」

 シッシッ、とする婚約者は、ストレリツィ伯爵の次男坊。
 太陽神のように美しいサラサラプラチナブロンドに新緑の鮮やかな緑瞳が華やかな19歳の彼は、がっちりとした恵まれた体躯に眩い白銀の鎧を纏った美男子だ。
 見た目だけならまるで御伽噺の貴公子。
 そんな彼は蔑んだ表情で、私を見下し馬車を出立させようとする。

 私は慌てた。

「ま、待ってください。何があったんですか。いきなり、追放だの婚約破棄だの、御伽噺じゃないんですから」
「現実は小説より奇なりっつーことだハハハ、諦めろ」
「え、ええー」

 私は『聖女』ヒイロ・シーマシー16歳。
 桃灰色(ピンクアッシュブラウン)のロングヘアをおさげにした緋色(あか)い瞳の、どこにでもいる村娘のような容姿の小娘だ。
 カスダル様には「世界の端役の村娘」と罵られる十人並みの容姿なので、聖女の白装束と頭上で輝く『光輪』がなかったら、誰も聖女と思わないだろう。

「カスダル様、とにかく突然過ぎますよ。まずは王都に戻ってから、落ち着いてお話を」
「知らん、俺はもうお前の顔を見たくない」
「いやいやいや見たくないって、見たくないって言われても、私たちの婚約は正式に王宮に申請したものなんですよ。せめてまずは当主であるストレリツィ伯爵に一言、」
「親父にはもう話は通してんだよ」
「いつの間に!?」
「だから口答えすんな、平民以下の所帯じみた貧乳貧乏子爵娘が」

「……嘘でしょ……」

 胃の辺りがすっと冷たくなるような絶望を感じながら、私は呟いた。

 ーー今回の魔王城討伐も、いつもと特に変わらなかった。
 王都から魔王の森までパーティを組んで遠征し、森の魔獣を討伐しながら魔王城の試練の広間を次々と攻略していく。

 パーティメンバーは4名。
 カスダル様を筆頭に、魔女と忍者と、あと聖女(わたし)。

 玉座の間までたどり着くと、砂時計が落ちるまでの時間、魔王に実力の全てを賭けて挑める挑戦権が与えられる。
 魔王様との戦い、その戦果に応じて魔王様が代表者に『証』となる魔絆を与えてくれるのだ。

 魔王挑戦の禊は18歳から22歳の貴族男子皆にとってのいわば成人の儀。
 パーティメンバーを集めるのも、人望やコネクションを示す意味があるという。
 その魔絆の内容によって、我が国の貴族子息の出世は決まるといってもいい。

 婚約者のカスダル様は19歳。
 同世代の子息には一人もいない、魔王に傷を負わせたことのある『天才』だ。

 今回の挑戦では手も足も出なかったけれど、まあそう言う日もある。
 会えただけでも十分功績として強い。

 ーーそういうわけで、私たちは森から撤退する道すがらだった。
 いきなり婚約破棄、はい追放、って言われても、困る。
 というか、カスダル様も困るんじゃないの!?

「いい加減飽き飽きしてたんだよ、お前には」
 
 カスダル様は私を汚いものを見るような目で見下しながら、はああ、と露骨なため息を吐く。

「最強聖女だからってお前と婚約してみたものの、まさかお前みたいな奴だとはな」
「それ、カスダル様の自業自得じゃないですか。私の異能がなんなのか確認しないまま、白銀クラスの聖女だからって修道院から無理矢理引っ張り出して、」
「ああ!?」
「ヒッ」

 私は息を呑んで縮こまる。だって結構本気で小突かれることもあったから。
 そう。私にとっても彼との婚約は寝耳に水だった。
 修道院で呑気に暮らしていた私はいきなりカスダル様に攫われ、強制的に婚約を結ばされた。聖女としての能力目当てだ。そしてその事件はお義父様であるストレリツィ卿が寄付金を積んで揉み消した。
 ひどい話だ。
 それでもカスダル様に今日まで真面目に尽くしてきた私、えらい。

「いいかヒイロ、俺はお前を捨てると決めたんだ」

 カスダル様は私にびし、と指を突きつける。

「お前は頭上に輝く光輪の通り、天より聖女の異能(ギフト)を与えられた乙女。光輪の描く聖紋は豊穣を示す小麦を模した姿で、実際能力は白銀(プラチナ)ーーいわば最強で、ありながら。お前にできることはなんだ」
「小麦粉(コナ)が出せる……それが何か?」
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