好きな人の好きな人

第2話

 前髪チェックは済んだし、歯も磨いた。

制服もOK。

ヘンなところはない……、はず。

直央くんはいつもギリギリの電車で来るから、私より少し遅い。

出来るだけ自然に、自然に、話しかけたい。

混雑する構内の、改札口を出てすぐの柱に隠れて待っている。

完全に怪しい人みたい。

ヘンに思われたくもないけど、教室に入ってしまうとうまく話しかけることが出来ないから仕方がない。

今度の郊外学習で、同じ班になる方法ってないのかな。

その予定だけでも、ちょっとは聞き出せたらいいな。

ざわざわする改札前で、待っていた背中が視界を通り過ぎた。

「あ、おはよう」

 追いかけて、隣に並ぶ。

「おはよう」

 そっけない朝のあいさつでも、話せるきっかけにはなる。

「チャージしてたら時間かかっちゃって……」

 チラリと彼を見上げる。

よかった。

そんな息苦しい言い分けでも、別に怪しまれてはないみたい。

真っ直ぐに前を向いた横顔に、ちょっと安心する。

「ねぇさぁ、今日の長文読解って、当たる順番どこからだっけ」

「え? あぁ……。16日だから、16番じゃね?」

「16って誰だった?」

「え~っと……。学年上がってクラス変わったばっかだから、まだ覚えてねぇんだわ」

「だよねー。えっと、あいうえお順で並んでるから……」

 クラスの子の名前を順番にあげていく。

何気ない会話の中で、彼の横顔がフッと笑った。

ただそれだけのことに嬉しくなる。

「クラスには、慣れた?」

 彼からの一言で、私の世界は真っ白に塗り変わる。

「まぁ、それなりに」

 それなのに、もう校門が近づいてくる。

そこをくぐってしまえば、お終いなのかな。

せめて教室までは一緒に行きたいな。

「今度の郊外学習のさ、行き先決めた?」

「行き先って言っても、回る順番だけじゃね」

「まぁね。仲のいい子出来たのかなーって」

 靴箱で立ち止まる。

彼は私を見下ろした。

「あれ? 服部さんと仲良くなかった? えっと、栄美ちゃんだっけ」

「あ、うん。それはそうなんだけど、出来れば男子は知ってる人とがいいなーって。何となくなんだけど……」

 ううっ、我ながら厳しい言いワケだぁ~。

急いで靴を履き替える。

このまま置いて行かれたくない! 

「まぁ、その方が安心だよね」

「でっしょ。他に決まってる人とかなかったら、出来ればお願いしたいなって……」

「まぁ、いいけど」

「よろしくお願いします! 助かりました! じゃ」

 階段を駆け上がる。

恥ずかしくて恥ずかしくて、一緒に並んでなんて歩けない。

教室に飛び込んだら、栄美ちゃんがいた。

「栄美ちゃん!」

 彼女に飛びつく。

「ちょ、どうしたどうした?」

「……誘っちゃった」

「直央くん?」

 黙ってうなずく。

「てか、告ったのはどうなった?」

「……。できなかった」

「まだ告ってないってこと?」

「うん」

「そっか」

 こっそり彼を振り返る。

教室に入ってきた直央くんは、自分の席に座った。

すぐに友達がやってきて話し始める。

スマホを見せ合いっこして、なんだか楽しそう。

今は席も遠いから、話すきっかけも作りにくくて、授業中に背中を見ていることしか出来ない。

だけど同じクラスになれたことだけは、神さまに感謝している。

スマホのゲーム、何やってるのかな。

私にも出来そうなやつかな。

もしそうだったら、同じのやりたいな。

今度聞いてみよう。

これなら話しかけられるよね。

きっかけが見つかった。

 昼休みにはその声を聞くことも難しくて、じっと見ていることも出来ないから、遠く視界の隅に写るのを時々確認するだけ。

午後からの授業はいつだってかったるくて、6時間目が終わってからのホームルームまでの時間をぼんやりと過ごしている。

私にとっては、朝の待ち伏せと放課後だけがこの世で生きている時間だ。

ふいにヒラヒラと目の前で手が振られ、顔を上げる。

「どうした、ぼんやりして」

 見下ろす広太くんに、ダラリと座っていた姿勢を正す。

「いや、別に……」

 たったそれだけで、彼は通り過ぎていった。

なんなの? 確か席は斜め後ろだ。

変なところ見られちゃったな。

恥ずかしい。

その目でチラリと直央くんを確認する。

ざわついた教室の向こうで、隣の席の男子となんかしゃべっていた。

いいなぁ~。

私だって席さえ近ければ、もっと色々話せるのに……。

 話しかけるきっかけが見つからなくて、だけどまとわりつく勇気もなくて、どうすればあの人の視界に入るのか、せめて一日に一回だけでもいいから、あいさつだけでも言葉を交わしたい。

 長い長い先生の話しが終わった。

恥ずかしいとか、どうしようとか、今の私にそんなこと言ってる余裕はない。

失恋真っ最中の、今が狙い目なんだから! 

リュックを背負い、勢いよく立ち上がった。

そのまま前を向いた状態で、目だけを動かし彼の姿を確認する。

スマホを見ながら、いつもの男3人でなんかきゃあきゃあやっている。

きっと最近始めたゲームだ。

待ち伏せして今日こそ話しかけようと思っているのに、これじゃあすぐ出てこないじゃないか! 

私はリュックを背負ったまま、そこにストンと腰を下ろした。

どうしよう。どうしよっかな……。

肩ベルトをぎゅっと握りしめる。

だけどここで引き下がっては、私じゃない!

 もう一度立ち上がる。

自然に……、自然に。

あくまでさりげなさを装って、直央くんたちに近寄る。

楽しそうにゲームをしてる3人を見下ろした。

「ねぇ、何やってんの? なんのゲーム?」

 特に何の返事も反応も返ってこない。

私は直央くんの横から彼のスマホをのぞき込んだ。

「なんていうやつ? そんなに面白いの?」

「えぇ? のぞくなよ」

 そう言ったのは隆史くんで、私はそんなことでは負けない覚悟なのだ。

「え~! だって楽しそうなんだもん。ちょっと見せてよ」

 恥を忍んで直央くんのスマホをのぞき込む。

彼は少し手を下げて、見えやすくしてくれた。

小さな画面の中でよく分からないキャラクター同士が、激しいバトルを繰り広げている。

「わぁあ!」

 突然3人は大きな声を上げて笑いだした。

「えぇ、なになに?」

 もう一度彼のスマホをのぞき込む。

どうやらバトルに負けたらしい。

私には何を言ってるのかさっぱり分からない会話が続いている。

「あーぁ。今日はこれで終わりだな」

「帰るか」

 やっと帰る気になったらしい。

私はのぞき込んだ画面の中を必死でゲームタイトルを探している。

「私もこのゲームやるー」

「興味あんの?」

 直央くんだ。

「ある」

 他の2人はさっさと行ってしまった。

私はリュックを背負ったまま自分のスマホを取り出す。

「どうやってダウンロードするの?」

「えっと、まずは……」

 直央くんが耳元でささやく。

その響きに引きずられないよう、私は必死で操作方法を追いかけている。

「で、これをどうするの?」

「それは後で変更もできるから……」

「直央くんはどれ選んだ?」

「俺? 俺はこっちだけど……」

「じゃあ、私もこっちにしとく」

「はぁ、まぁいいけど」

 直央くんは炎タイプのキャラクターみたい。

だから私も同じ炎タイプを選ぶ。

「これも変えられるんでしょ?」

「いや、これは変えられないけど、あんま関係ないから大丈夫」

 だったらいいや。

キャラの装備は直央くんのとは比べものにならないくらいショボいけど、同じなら大丈夫。

「協力プレイとかあるんでしょ?」

「あぁ、まあね」

「イベントの時とか、よろしくね」

「……。うん」

 帰り支度のすんだ直央くんが立ち上がる。

「途中まで一緒に帰ろ」

 返事はないけど、歩き出した背中を追いかける。

昇降口で靴に履き替えて、急いで隣に並んだ。

「へへ。郊外遠足の日も、こんなに晴れたらいいね」

 返事はない。

だけど聞こえてはいるはず。

「……。あんまり知らない男の子と、同じ班にはなりたくなくってさ。だから……ゴメンね」

「いや、別にいいよ」

 彼の足取りは私にはちょっぴり速くて、私は一生懸命足を動かしながら次の話題とセリフを選んでいる。

息を切らしながら歩くのは苦しくて、そんなことをしながらもあっという間に駅前広場が見えてくる。

「郊外学習のさぁ~、回る順番とか、考え……」

 アノ子がいる。

どんな雑踏の中にいても、カノジョだけはすぐに見つけ出せる。

「あ、悪ぃ。俺、先に行くわ」

 彼の足が、よりいっそう大きく踏み出した。

こっちなんか振り向きもしないで、真っ直ぐにアノ子へ近寄る。

そのカノジョと、一瞬目があったような気がした。

直央くんは、その黒髪のキレイな女の子の隣で微笑む。

カノジョは遠慮がちに彼を見上げた。

 なんで? フッたんじゃなかったの? 

好きじゃないんでしょ? 

なのにどうして、まだ直央くんとしゃべってるの? 

フルんなら、ちゃんとフッてよ! 

スカートの裾を握りしめる。

それでも駅前広場はいつもの平和さで、私は意を決して二人の真横を素通りする。

「じゃ、直央くん。またね~」とか言って、余裕で手なんかも振ったりしてみる。

改札を何でもないことのように抜け、ホームに立った。それでも腹の虫は治まらなくて、私はまたスカートの裾を握りしめる。

「こんなとこでもパンチラすんの?」

 広太くんだ。

「あんまり見せない方がいいんじゃね?」

 ムカついてるから、悪いけど相手はしない。

私は視線をそらし前を向く。

やってきた電車に乗り込んだ。

「はぁ~」

 盛大にため息をつき、ドアに身を寄せると窓の外を見下ろした。

広太くんは同じ車両の少し離れたところで、腕を組み立ったまま目を閉じている。

直央くんは反対車線なんだよな。

だから一緒に帰るって言っても、どっちにしろ駅まででしかない。

頭に浮かんだカノジョと彼の姿を脳内でもみ消す。

だとしたら、教室から駅まで一緒に来れた今日は、よかったのかもしれない。

そうでも思わないと、やってらんない。

 スマホを取り出す。

直央くんに教えてもらったゲームを開いて、フレンド登録したそのキャラクターをそっと撫でた。

SNSのクラスグループで繋がってはいるけど、そんなんじゃなくて、もっともっとそばにいたい。

 夜になって、部屋の明かりを消しベッドへ横になる。

その瞬間、スマホの画面が光った。

広太くんだ。

画面を開くと、今日直央くんに教えてもらったのと、同じゲームのキャンペーンメッセージが入っている。

5人にこのメッセージを送ると、特別なアイテムがもらえるんだって。

『あ、上の気にしないで』

『これ、どうやって送るの? 私もやりたい』

 これはいい。

はっきり言って、めっちゃいい口実。

『彩亜ちゃんもやってんの?』

『始めたとこ』

『通話できる?』

『うん』

 すぐに着信画面に切り替わる。

私はスマホにイヤホンをつなぐと、それに出た。

「これ、どうやって送るの?」

「えっと、スタート画面のさ……」

 一通り、やり方を教えてもらう。

「これ、広太くんにも送っていい?」

「うん。いいよ」

 やった。これで直央くんにも、ちゃんとメッセ送れる。

練習が出来た。

「彩亜ちゃんがこのゲームやってるって、知らなかった」

「うん。実は今日始めたの」

「今日? すげータイミング」

「ホントだよ。よかった。ちょっと聞いていい?」

 これで少しはゲームに関する知識を手に入れて、直央くんに話しかけることができる。

タイミングよくかかってきた広太くんからの通話に、あれこれゲームプレイのやり方やコツを教えてもらった。

「とりあえずさ、彩亜ちゃんとフレンドになっていい?」

「あ、うん。お願い」

 始めたばかりの私のキャラはまだ弱くて、ほとんど何も出来ない。

広太くんとフレンド登録して、彼はバトルの手伝いをしてくれている。

「え、これはどうしたらいい?」

「アイテム持ってる?」

「持ってない!」

「なんかワザ覚えてる?」

「レベル1のしか覚えてない。さっき使って負けたやつ~」

「じゃあ……」

 広太くんとしばらくゲームを続けたおかげで、見る間にレベルは上がってゆく。

「わ~助かったぁ~。これで次のイベントの参加条件クリア出来たぁ~」

「また一緒にやる?」

 その言葉に、私の指はピタリと止まった。

「彩亜ちゃん? 次のイベント。来週からの……」

「あ、えっと……」

 それは、直央くんとやりたいな。

「時間とか、合わせないといけないんだよね。一緒にやろうと思うと。ちょっとその時になってみないと……約束は、出来ないかな……」

「そっか。じゃあまたその時にメッセ送る」

「うん。ゴメンね」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 通話を切って、布団に潜り込む。

これで明日から、直央くんに話しかける話題に、困らないですむかな? 

このゲームのネタと、郊外学習のネタと、あとはクラスの話題を振って、明日の朝は……。

そんなことを考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。
< 2 / 11 >

この作品をシェア

pagetop