アラ還でも、恋をしていいですか?

「ごちそうさまでした」

まだ20そこそこだろうに、きちんと手を合わせて頭を下げ挨拶するなんて、よほど躾がいいんだろうと思う。
ただ、一つ失念してしまっていた。

「あ、ごめんなさい…手がベタベタになってしまったわね」

アルミホイルで包んだおにぎりは海苔を巻いておいたけど、やっぱり米粒が指についてしまってる。湿気で柔らかくなった海苔のカスも張り付いてた。

「大丈夫です。後で手を洗いますから」
「あ、なら……」

その時の私は、自分でも信じられないくらい大胆になってた。

「あの……よかったら、うちが近くなの。そこで手を洗ってくださいな」
「え……」

彼のぽかんとした顔を見てから、ハッと我に返りカアッと顔が熱くなった。

(ば、馬鹿ね…言うに事欠いてなんてことを…いくら優しい人でも気持ち悪く思うわよ…)

「ご、ごめんなさい…なんでもないわ」
「あ、ありがとうございます!実はちょうど……その…と、トイレにも行きたかったんです。お借りしていいですか?」

恥ずかしそうに小さな声でつぶやき頬を赤らめた彼に……不覚にも、胸が小鳥のように鳴ってしまう。

「い…いいですよ。あばら家ですけれど」
「ありがとうございます…あ、まだ名乗ってませんでしたね」

彼はかばんから小さな箱を取り出し、一枚の名刺を渡す。

(え……)

その名前には、目をみはるしか無かった。

「藤野 敬一(ふじの けいいち)と言います。お願いします!」

健一兄ちゃんとそっくりな笑顔で、彼はそう名乗った。
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